03 septembre 2017

8月16日~31日 「ムソシの子供たち」の再出発 redémarrage des enfants de Musoshi

le mercredi 16 août 2017
6時、快晴、20℃、47.5%。        


le jeudi 17 août 2017
5時、快晴、20.5℃、47.5%。


朝6時に停電予定の日。6時3分前に停電した。これで20時まで電気がない。晩御飯は昨日作ってしまった。牛肉のワイン煮込み。


電力会社Snelの請求書が来ていなかったので昨日Snelオフィスでデュプリカタを作ってもらった。28350FC。ドル・フラン交換レートは1500で最近落ち着いているので約19ドルだ。


le vendredi 18 août 2017
6時、快晴、22℃、50%。


温度が上昇している。暑い9月にむけて寒さが遠のく。ありがたい。
出かかるときに襟巻をしていたが、もう来年6月くらいまでいらないだろう。毛糸の手袋だって街中で売っている。アフリカとはいえ南半球の冬も寒いのだ。


昨夕、バルセロナでテロ。バルセロナには甥が住んでいる。スイス時代(1982年から15年)ジュネーヴからよく彼の家に行った。900kmだから9時間で着く。本屋をしていたが倒産した。スペイン人も本を読まない。自分の好きな分野の本しか置いていなかったから無理もないかもしれない。ジュネーヴに職を探しに来たが成功しなかった。


テロのあったランブラスはバーリオ・チーノ(チーノ区)とゴチコ区を分ける賑やかな通りである。港からカタルーニュア広場に抜ける広い道だが、車道よりも中央の歩道に幅があり、土産店やストリート・アーチストが集まっている。チーノ区は地元の人たちも足を踏み入れない怪しいカルティエだったが、オリンピック以降面白くない普通の場所になってしまった。ジュネがいた時代はさぞと思う。


RDCコンゴでは毎日のように東部や最近では中央部のカサイ州の村々が襲われて、多くの犠牲者を出している。いちいちトランプもTwitterでコメントしない。時々国連やNPOが「統計」をだして、7月末までに何千人が殺され、何万人の難民が出たという。


le samedi 19 août 2017
5時半、快晴、22℃、45%。


カスンバレサの「ムソシの子供たち」に会った。
ルブンバシからカスンバレサまで乗り合いタクシーで9時半に出発。タクシー料金が1000フラン値上がって6000フラン。帰りは7000フラン。
カスンバレサからナナさんの家までバイクタクシーで3000フラン。バイクに迎えに来てくれていたシバタ君と相乗りして30分。
ナナは5月からN参事官のご寄付を元手に養鶏をしてもらっている。テストケースで、ルブンバシでの鶏販売に難があったけれども、損失はでなかった。100羽のヒナのうち85羽が育った。多少の利益がでたので7月末ナナに50ドルの謝礼を払っている。


ナナは元気にしていた。庭に井戸を掘っていた。地下4Mで水がでるそうだ。ヒナはよく水を飲む。水道が家から20Mほどのところにあるが、水が出たり出なかったり。井戸は炊事、洗濯などにも使える。「ムソシの子供たちの会」の分だけでなく自分でも100羽を今養鶏している。合計200羽だ。鶏の部屋を見学した。5月とは違う部屋で飼っていた。とても清潔にしている。大変な仕事だ。今回は歩留まりがよく、「会」のために買った100羽のうち98羽が2週間目でもピーチクパーチク。さらに100羽のヒナ分を「日本カタンガ協会」から追加融資することにした。ナナは450羽まで養鶏できるといっている。
生後2週間目のヒナ

13時にナナの家を出て、カルベ君の家にバイクタクシーでむかった。カルベの家に8月初旬閉鎖したルブンバシのテキサコ地区にあった「子供たち」のレストラン「ホープ」の調度(テーブル、いす、冷凍庫等々)を預かってもらっている。カスンバレサで新たなレストランを「子供たち」の手で開いて運営してもらう。レストランとなるべき物件も見た。カスンバレサ村とカスンバレサ税関(国境)との中間にある。理想的な場所とは云い難いが家賃が70ドルと安い。テキサコは400ドルだった。テラスや室内の工事にまだ30日ほどかかるかもしれない。


カスンバレサに「子供たち」の中でも貧しい層が多い。炭焼きをしているサガラ君、夫がザンビアで刑務所入りしてしまったサクラさん、そしてナナさん等々も手伝う。看護師の仕事がカスンバレサで見つかったカルベも参加するが、経営責任者はギリシャ正教の学校で教師をしているシバタ君がなり放課後来て帳簿をつける。


シバタ君はキンシャサにいるタカハシ君とともに大統領親衛隊にいた。タカハシ君に戦争経験はないが、シバタはコンゴ全土に軍人として転々としている。特に赤道州で国際刑事裁判所で有罪となった元副大統領ベンバの軍と戦った。命が大切だと思ったことと、学生結婚をしていてカスンバレサに妻子がいたので軍を辞めたのだとういう。軍にいれば今頃コロネル以上に出世していたろう。しかし、軍は部族主義(トリバリスム)が激しく、日本人の子であるため出身部族がなく、「コンゴ人」ではないといわれたそうだ。リカシで今の大統領ジョゼフの父親ローラン・デジレ・カビラ大統領が親しかった北朝鮮の軍指導官に訓練を受けた。
シバタ君はしかし軍人というよりも気のいい小学校の教師が向いている。戦場を駆け巡るよりも、今度は「子供たち」のためにレストラン経営で精を出して欲しい。彼なら出来るだろう。


ナナには父親が誰かわからない子が二人いる。末の娘は9歳だが頭がよく、飛び級で既に小学5年生。カルベには今年何人目かの子が生まれた。キミコは妊娠8か月、夫が外に女を作って家に寄り付かなくなった。精神的にも参っているらいい。次回には様子を見にいこう。


「ホープ」で賄いをしていたユキコさんは自分のレストランを始めたそうだ。テキサコにいた電気技師と去年12月に子供ができた。ナナが育てたトリを数羽買ってくれたが支払いをしていない。ユキコやお金持ちに嫁いだ元子供たちの会長ケイコさんも自分のレストランを経営している。彼女たちにトンカツ、ヤキトリ、ショウガ焼きなどコンゴで手に入る材料で日本食を教えたが役に立たなかった。


テキサコの「ホープ」レストランは日本財団のS氏の個人的ご寄付で2015年8月に始めた。経営悪化で僕の友人Mさんやfacebook友人ニジェール在住のY氏、妹さつきちゃん、また僕のブルグの長い間の読者である関西のSさん等にご寄付も頂いた。テキサコの「ホープ」にご支援いた方々には申し訳ないけれどもカスンバレサで再出発である。テキサコの家賃のギャランティーが1200ドル返却される。これが運転資金の原資になる。


レストランや養鶏で、今一番問題である「孫たち」の世代、「ムソシの子供たちの子供たち」の世代の教育費が少しでも出せるようになるようにしたい。それも「子供たち」の自助努力でなせるように。


le dimanche 20 août 2017
6時半、快晴、22℃、55%。


休暇を9月1日から10日乃至14日間とろうと思う。8月31日にルブンバシで用事があるのでその前には出られない。ところがコンゴ滞在ビザが9月10日で切れることが分かった。これを延ばせるように今週交渉しなければならない。できなければ休暇キャンセルだ。
今回はフルにBooking.comを使っている。ホテルキャンセル料を取られるところがある。参った。注意して予約しないといけなかった。


le lundi 21 août 2017
6時、快晴、20℃、50%。


le mardi 22 août 2017
5時半、快晴、20℃、50%。


le mercredi 23 août 2017
6時、曇り。キンシャサ。


17時半、ルブンバシに帰着。


le jeudi 24 août 2017
6時、快晴、21℃、35%。

le vendredi 25 août 2017
4時、快晴、22℃、40%。


4時に目が覚めてしまったので、朝食を用意し、メイルを書いたりネットを渉猟していた。


休暇には9月1日から入ることにした。移民局DGMから旅券を返却してもらい、再入国査証はダルエスサラムで取得することにする。再入国後、長期滞在査証を申請する。
休暇中のホテルはキャンセルしない。



le samedi 26 août 2017
5時45分、快晴、22℃、40%。


6時丁度に停電開始。予定通り。20時まで停電する。
ところが8時50分に電気が来てしまったのである。
この不確定性、不定期。それがコンゴなのだが、少なくとも7月から9日ごとに停電という定期性があった。それが崩れた。


ジェカランダの花が咲き始めた。ジャカランダはソメイヨシノに似て花が葉よりも先に現れる。毎年9月がジャカランダの季節である。「アフリカに季節がない」とは誤りだ。赤道直下でも植物は季節を良く知っている。


今朝ネット契約を調べた時には1ギガの残量があった。それが、昼過ぎになくなっていた。PCと携帯両方にネットをつないでいなかった。PCだけ。動画もDLしていない。知らぬ間にPC側のプログラム更新がされていたとも思えない。PCの方が携帯よりも遥かに消費量が多いのかもしれない。仕方ないので、VodacomのSIMをつかったデータ通信に切り替えた。


le dimanche 27 août 2017
6時、快晴、21℃、40%。


『Christina Noble』(UK, Stephen Bradley, 2014)


le lundi 28 août 2017
5時半、快晴、21℃、40%。


le mardi 29 août 2017
5時半、快晴、20℃、40%。
le mercredi 30 août 2017
6時、快晴、20℃、40%。

20時ジャストに停電。驚き。

8月1日~8月15日 先祖の日 Fête des morts en RDC

le mardi 1er août 2017
6時、快晴、18℃、55%。

RDCコンゴでは「先祖の日」で休日。墓参りの日である。正式にはFêtes des parents et des mortsという。キリスト教国では万聖節(諸聖人の日、11月1日)の翌日が墓参りの日になっている。それをコンゴがザイールと呼ばれた時代、モブツが1979年、万聖節の翌日ではなく、先祖の日を8月1日とすると決めたのだそうだ。植民地時代を意識したモブツらしい政治決定だが、何故8月1日なのかはわからない。

この日はスイスでは1291年に連邦を結成した日、建国記念日となっている。なおスイスのカントンcantonを州と訳し、コンゴではprovinceを州と訳している。米国ではStateだ。しかし、州の概念は日本では理解が難しい。スイスの州はアメリカ合衆国の州よりも独立性が強く、スイス民主主義の基本になっている。コンゴの州は行政単位であり、独立性が極めて低い。中央集権である。
日本に道州制を採用しようという向きがあるが、それは中央集権制を修正するためなのだろうか。
難民の画像、これが現代コンゴの象徴になっているとは無念である。

電力メーター検針。16148kWh。7月の消費量は396kWhであった。昨日を含めた長い停電の所為か400kWh台に入っていない。tant mieux !

何とまた停電。8時半。12時ごろに回復したようだ。

携帯サムスンJ1にもいろいろモデルがあることが分かった。僕のモデルはJ111Fで、アマゾンに注文したケースはJ110だった。僕のミスである。750円の損失。tant pis !
液晶のカバーシートが上手く修理出来たらまたアマゾンで買って、出張者の方にケースの託送をお願いするようにしよう。


le mercredi 2 août 20017
6時、快晴、18℃、55%。

車でキプシの家まで送ってもらったが、疲労困憊。たまにはいいだろう。和気藹々とした中で打ち合わせ通訳ができたからだ。険悪な雰囲気だったらもっと疲れてしまう。

le jeudi 3 août 2017
5時、曇り、20℃、55%。えっ、20℃! それだけで嬉しくなる。でも曇り空。

9時、快晴。おおっていた雲は跡形もなく消えている。一体どこに行ったのだろうか。

DRKATで車検(70ドル)、16年、17年の車税(43x2=84ドル)、駐車税(40ドル)を払い、Snasで6か月分の保険料を払い込んだ。すべてキプシで手続きをしたので早かった。
これで三菱四駆L200を僕が運転する。売却の広告は窓に張り付けたままとする。

le vendredi 4 août 2017
6時、快晴、19℃、55%。

携帯はガラスシートではなくLED画面にひびがいっているということらしい。レバノン系「ナゼム」の携帯ショップで見てもらった結果だ。「ご愁傷さまmes condoléances」といわれた。ガラスシートをアマゾンで注文し、出張者の方にもってきてもらったが、修理不可。ルブンバシのサムソン代理店でLEDを直すと75ドル。

le samedi 5 août 2017
5時半、快晴、20℃、50%。

ルブンバシのチャンガレレ通りで売りに出した三菱ピックアップL200を運転して13時に帰宅した。車をルブンバシにおいている間に、後部荷台の三菱マークを盗られた。詮ないことをする。

le dimanche 6 août 2017
7時、快晴、20℃、55%。広島原爆投下の日。

久しぶりの寝坊。

午後キプシ近くの「アマディ農園 Ferme Les Amadi」を見学した。キプシの入り口に新しくできた農園。何々将軍の農園だそうだ。将軍たちはビジネスマンが多い。農園とはいうもののホテルが中心だ。1泊150ドルと250ドルの部屋があるそうだ。プールがあるが、フランスでいえば三ツ星程度だろう。従業員の態度は最低で馴れ馴れしい。これをフレンドリーとはいわない。
農園入り口で5ドルの入場料を取る。僕は拒否した。ルブンバシ郊外のヌンビ将軍の農園も入場料をとるが、数千ヘクタールの公園になっている。ここ「アマディ」はまだ未完成じゃないか。

le lundi 7 août 2017
6時、快晴、20℃、50%。

le mardi 8 août 2017
5時半、快晴、20℃、40%。

6時13分、「予定通り」停電開始。

18時半過ぎ、ルブンバシから運転して帰宅。夜の運転は怖い。道路端を歩いている人や自転車をこいでいる人が見えない。対向車がライトを下げない。片目の車も多い。

le mercredi 9 août 2017
6時、快晴、18℃、50%。長崎原爆投下の日。

昨日今日と野党が呼びかけているゼネストの日だが、ルブンバシでは追随する店が少ない。それでも、魚を路上で売っている露店が多いンジャンジャ地区(ケニア区隣)では露店が閉まっていたそうだ。キンシャサでは昨日反政府派に軍・警察が発砲し13名が犠牲者となったという報道があった。
これを隠すため、facebook、twitterなどソーシャルネットにアクセス制限がかかっているという。僕はVPNを使用しているので影響がないと期待する。

le jeudi 10 août 2017
6時、快晴、18℃、55%。

le vendredi 11 août 2017
6時、快晴、18℃、55%。

le samedi 12 août 2017
6時、快晴、18℃、50%。

身体がだるい。日光浴をしながら本を読んでいたのだが、暑気当たりかな。

RDCコンゴの東部(南北キヴ州)では相変わらず村々を襲うマイマイ(武装強盗集団)や近隣(ルワンダ、ウガンダ等)の傀儡軍が暴れている。旧カタンガ州東部では、バントゥによるピグミー攻撃が頻発している。またコンゴ中央部の旧カサイ州の国軍と住民の争いはここ1年間収まっていない。加えて旧バ・コンゴ州(州都マタディ)やキンシャサではコンゴ王国再建を叫ぶ宗教団体が先鋭化してきた。
南東部ルブンバシは静かだ。しかし、一触即発ということもある。カサイ州から国内難民が押し寄せてくれば、1991-2005に見られた民族紛争再燃も懸念される。
今年末までに大統領選挙を実施すると去年12月31日に与野党合意が成立したが、政権側はこうした国内混乱状態では選挙が出来ないと言い出した。一理あるようにも見えるが、元々は中央政府の指導力の不足、選挙引き伸ばし作戦が国内の纏まりを困難にしているのではないか。
経済的には国内通貨コンゴフランの暴落が国民生活困窮の直接的原因になている。
まるでこれでは希望がない。出口がない。

見たいと思う映画『Je ne suis pas votre nègre』(ラウル・ペック監督)。
『I am not your negro』、ボールドウィンの言葉が生きているようだ。

le dimanche 13 août 2017
6時半、快晴、20℃、47.5%。

le lundi 14 août 2017
5時50分、快晴、20℃、47.5%。

le mardi 15 août 2017
5時20分、快晴、20℃、50%。日本敗戦の日。

定期停電の日にあたると思って早起きしたが、それは明後日木曜日だった。計算違い。

01 août 2017

7月16日~31日 キボコ君 Kiboko ou Hippopotame

le dimanche 16 juillet 2017
6時、快晴、18℃、50%。

昨日午後からネットが不通。契約した12Mbを使い果たしたのだろうか。7月5日にはまだ10Mbあったのに。videoは殆どDLもULもしていない。携帯ではアプリを勝手に更新してくれる。でもそれだけでバイトを消費するのかなぁ。

カスンバレサの物件のギャランティーを払ってくれとせがんでくる。1000ドルだ。自助努力をしてほしい。明日までに払わないと、押さえられないというのだ。場所はよさそうだ。だが、レストラン経営の体制が出来ていない。ルブンバシのテキサコの賃貸契約を切れば今のところ1200ドル返金になるが、契約条件がはっきりしていない。

四駆三菱L200を売りに出しているが、運転手ルディさんが見つけてきたポテンシャルな買い手、フランス人、南ア人がなかなか決めないので、ルブンバシに車を移動して売却宣伝をすることにした。一時、僕の免許を更新したので他の書類をそろえて僕自身が運転してルブンバシにもっていこうとしたが、それには保険をいれて500ドル近くかかる。そこでルディさんが警察のいない日曜日にルブンバシまで車を持っていくことになった。1万ドルで売りたいがどうなるか。6000ドルまで値下げを検討した。クリスチャンのいた職業訓練マペンド校のメカの先生ンバングさんに修理してもらったので車は完全に修理された。また僕がルブンバシに通うのに使うこともできる。しかし、交通警官のいやがらせ、賄賂請求に嫌気がさしている。運転は好きだがもうRDCコンゴではしたくない。バスでルブンバシに行けば1000フラン(これまで100円としてきたが、フランの暴落で、現行レートでは72円)しかかからない。L200の燃料費よりも遥かに安い。それにバスの方が楽なのだ。
11時20分、車はルディさんが運転してルブンバシに向かった。

le lundi 17 juillet 2017
6時、快晴、18℃、50%。

まだまだ寒いなぁ。ここは地図上は熱帯、でも南半球だから今が冬と云ってもいい。9月になれば朝が室内で22℃になろう。それまで寒い。

帰りのバスが値上がっていた。1000フランから1500フラン。毎日のようにフランが値下がりしており、今日は1ドルが1580フラン(スーパー「ジャンボ」の例)。去年1月の1ドル900フランからみるとかなりのフラン下落だ。バス料金はこの間上がっていないのだから致し方なかろう。バイクタクシーも明日から500から1000フランになるそうだ。
一時のジンバブウェほどではないにしても、狂乱物価時代が来るかもしれない。

le mardi 18 juillet 2017
5時50分、快晴、18℃、40%。月はほぼ頭上にみえた。下弦の月かそれに近い。

キプシのバイクタクシー料金は500フランで据え置きだった。ルブンバシの乗り合いタクシーも市内500フランで変わりなし。ガソリン代は1600フランで200フラン上がった。
ルブンバシのスーパー「プサロPsaro」のレートは対ドル1650フランとフランが先週よりもまた大幅に下がっていた。

猫ちゃんのビスケットがどのスーパーでも払底していて入荷は月末になろうという。買い置きがなくなってきた。困ったなぁ。

le mercredi 19 juillet 2017
5時半、快晴、18℃、47.5%。

le jeudi 20 juillet 2017
5時半、快晴、18℃、55%。

le vendredi 21 juillet 2017
5時半、快晴、18℃、52.5%。

6時10分、「予定通り」停電。20時、きっかり回復。
これは凄い。今月3日、12日に続いて9日目である今日21日「予定通り」停電したのである。キプシの電力会社Snelの計画停電だ。これができるということはSnelが各地区の電力消費量を計算し、地区ごとに電力を切断できるということだ。最近代わったキプシSnelの支店長は元技術部長のムトンボさんである。彼が計画停電を編み出したに違いない。それまでは消費量オーバーでトランスが切れたら応急修理するという付け焼刃だったわけだ。勿論トランスを容量の大きいものに取り換えれば一番いい。それには金がかかる。何時になるか分からないが、大容量トランスにできるまで定期停電をするのだろう。しかし、定期的に、計画的に停電させるとは進歩である。ルブンバシでは不定期に毎日のように停電する。ルブンバシは大都会だが、キプシのように地区ごとに持ち回りで停電させるようにすれば、消費者は前もって停電に備えることができるようになる。
僕は今朝5時半に起きて、お湯を沸かしコーヒーをいれた。パンもトーストしてしまい、6時の停電を待った。20時に回復と分かっているから不安がない。
次の停電は30日(日)。こういうことが、電力会社から各家庭にアナウンスされるようになるともっといい。


le samedi 22 juillet 2017
5時半、快晴、18℃、52.5%。

コンゴ人は地下資源が豊富なことを誇りにしている。コンゴは世界一リッチなのだという。そして、にも拘わらず国民の生活が貧しいのは外国企業の所為だと信じて疑わない。
国営鉱山会社Gecaminesは採掘権を外国企業に売り渡し、採掘を任せて株主として配当を受ける会社になってしまった。
それも経営としては悪くないかもしれない。しかし腐敗構造で借金だらけの会社になった。
政治が悪いというのは簡単だ。記事ではカビラ大統領叩きをしている。グルンバーグの記事も引用している。任期切れで居座っている大統領を叩くのも簡単だ。
だが、国民主権の国である。野党も口先ばかり。影の最大野党はカトリック教会。2016年12月末の与野党合意は教会の努力だった。それから半年、政権から教会は無視されている。今一歩、教会が国民をまとめることはできないのか。政教分離の建前はあくまで建前ではないか。国民の責任、まさに自己責任を全うできるのは教会しかないと僕は思う。

Facebook のコメント(上記)が一旦消されたが、また現れた。

le dimanche 23 juillet 2017
6時、快晴、19℃、47.5%。

le lundi 24  juillet
6時、快晴、19℃、57.5%。

le mardi 25 juillet 2017
6時、快晴、19℃、55%。

20時、停電。意外と長い。回復を待ちながら21時に寝てしまった。24時に目が覚めた時には回復していた。


le mercredi 26 juillet 2017
6時、快晴、18℃、50%。

ルブンバシのどのスーパーにも猫ちゃん用のビスケットが売り切れで棚においていない。仕方ないのでワンちゃん用のビスケットを買った。チーコちゃんたちにあげてみると、ごく普通に食べてしまった。ビスケットの大きさが犬用と猫用ではちがう。しかい、小型犬用なら猫ちゃんも無理なく食べられるようだ。

le jeudi 27 juillet 2017
6時、快晴、18℃、50%。

今月冒頭に書いたジョザファット君、とても背が高い。188cm。マスクも悪くない。明日、ルブンバシのカラビア・ホテルでファッションショーがあるが、そこでモデルとして出演することになった。おめでとう。多少出演料も出るようだ。入場料が25ドルもするので僕は見に行けないが。
キボコ君
アフリカ的ファッションではある
ルブンバシではモデルの仕事は殆どない
いつか国際的モデルになりたいのかなぁ
ジョザファット君の苗字は「キボコ」、スワヒリ語では「hippopotame、カバ(河馬)」という意味だ。出身地のキンシャサの言語リンガラでは特に意味はない。彼の体形は、しかし、カバには程遠いスポーツマン・タイプ。お姉さんの写真をみたけれど、彼女も優形である。

午後Canal+で映画『Madame Doubtfire』を観ていたら、あと15分というところで映画が切れた。他局は見えたのだから、92局Cinema Emotionだけが問題のようだ。

le vendredi 28 juillet 2017
6時、快晴、18℃、45%。

僕の三菱四駆がなかなか売れない。8000ドルで売れればと思っている。バスでルブンバシに行くのは楽でいいのだが、警察官の嫌がらせもないし、疲れない。しかし、ちょっと寂しい。そこで考えたのがバイクである。
ルブンバシのヤマハに行ってみた。
1100ドルで125ccが買える。2000年から2005年末で東京にいたとき、バイクに数年乗った。カブの中古を買ったのだ。125ccならもう少しスピードがでる。ここのポリスなら巻いてしまうこともできそうだ。250ccだと4000ドルくらいする。バイクに慣れるまで125で十分だろう。バイクはしかし危ない。雨の日も11月になればある。
でも、急にバイクに乗ってみたくなった。
市井三郎という哲学者がいた。ラッセルの『西洋哲学史』を訳した方だ。市井さんがバイクに熱中したのは60歳を過ぎた晩年だったと思う。
僕は日本でバイクに乗って交通事故は起こしていない。信号無視で10万円の罰金を食らったことはある。オレンジに信号がかわってから交差点を渡ったのだが許してくれなかった。バイクのヘルメット探しをしなければ。どこで売っているかなぁ。
フランス映画『Motorcyclette』はカッコよかった。調べてみると英仏合作映画。1968年制作だ。何回かTVで見た気がする。あれはハーレー・ダビッドソンだとWikiに出ていた。いつかハーレー・ダビッドソンに乗ってみたい。でも中古でも買えそうもない。ルブンバシでは見たこともない。
キプシではバイクタクシーによく乗る。100ccのインド製「ボクサー」が多い。以前は中国製が多かったように思うが、「ボクサー」が今は主流になっている。

le samedi 29 juillet 2017
6時、快晴、18℃、50%。

昨夜のFrance3(TV)でカルパンティエ夫妻が1960年代から90年代にかけて創作担当したバラエティー番組の思い出が放映された。当時のスターたちが勢揃いだった。今日のTF1が民営化される前の番組で、フランスのテレビが大衆化が始まったといっていい時代である。
僕が初めてパリに行ったころ(1972年)、家庭のテレビ受像機には扉がついていた。番組を見るときだけ扉をあけてスイッチをいれていたのである。チャンネルも数局しかなかった。大学都市の寮(モナコ館)の部屋にTVはなかった。あったのは半地下にあったスナックバーだけだった。
第一回アルジェリア時代(1973年から9年間)の最後に小さな受像機をフランスで買った。地中海を隔ててアルジェリアの向かいはフランス。フランスのTV番組を見ることができたが画質が良くなかったので殆ど見ていない。テレビを見始めたのはスイスに住むようになってから(1982年から15年間)で、ソニーのモニターTVを手に入れた。大好きだった番組は毎週木曜日の『特派員レポートEnvoyé spécial』(フランス)とスイスロマンドTVでは月曜日夜の映画だった。
昨夜はそんな僕でも知っているスターが出てきた。「ジジ アモローゾ」のダリダ、若いシャルル・アズナブール、ジルベール・ベコー、ジョルジュ。ブラッサンス、バルバラ、ぺトラ・クラーク、ジョー・ダッサン、クロード・フランソワ、ミレイユ・マティユ、シルビー・バルタン、物まねのティエリー・ル=ルリュロン、デパルディユ、サルドー等々、アラン・ドロンまで出てきた。思い出に耽るのは僕の趣味ではないが懐かしい人々に違いなかった。

le dimanche 30 juillet 2017
5時半、快晴、18℃、50%。

6時に停電になる予定だった。ところが、3時に目が覚めた時、既に停電していた。回復したのは20時。5時半に目覚ましを設定して、起きたらすぐにコーヒーを入れる筈だったが裏切られた。ま、予定通りいかないのがこの国とはいえままならぬ。


le lundi 31 juillet 2017
6時、快晴、18℃、50%。

18時半に帰宅したら停電中だった。昨日が「定期」の停電だったのではないか。20時になっても回復せず、結局21時まで停電が続いた。地区ごとの持ち回り停電ではなく、そういえばバス停から家までの通りの灯が消えていた。また送電線が盗まれたのか。

上弦の月。

アマゾンで注文し、東京からの出張者の方K氏に託送した携帯のガラス保護シートが届いた。休み明けの2日に修理しよう。ルブンバシではこのシートが払底していて修理ができなかった。仲介をしていただいたNさま、ありがとうございます。

同時に注文した携帯電話ケースは、サイズが違っていた。アマゾンがいい加減なのか、アマゾンのサプライヤーがいい加減なのか、返却しなければならない。交換することができるだろうか。トライしてみる。

7月1日~15日 哲学の先生 #Philo

Le samedi 1er juillet 2017
6時、快晴、19℃、55%。

ザンビアのチンゴラ市の綴りはChingolaで「Chi」を「チ」と発音している。RDCコンゴはフランス語圏なのでChiではシと発音してしまうのでチは「Tshi」と書く。
ザンビアで話されている言葉はベンバ、ニンジャ等多言語だが英語が公用語となっている。アルファベット表記の発音は英語的だ。ザンビア、コンゴとも植民地時代の宗主国が人名や土地名などの固有名詞の表記を決めた。

ザンビアにはキンシャサの友人に頼まれて彼の息子ジョザファト君(21歳、Josaphatは旧約聖書に出てくるユダ王国の国王)を連れてビクトリア瀑布見物に行った。ルブンバシのISP学校(Institut Supérieur Pédagogique)に今年キンシャサ大学から転入する。僕にとってビクトリア瀑布は3回目。乾季にザンビアも入っているが、まだ瀑布全体に水が落下していた。初めてカッパを借りて飛沫(しぶき)が大粒の雨のように降り注ぐ中に入った。

瀑布のあるリビングストン市に3泊した。ルブンバシからリビングストンまでは1015kmしかないのにバスで2日かかる。ジュネーブからアリカンテまでは1日だ。ザンビアの道は日本政府の援助のお陰もあって舗装されている。しかし、高速はキトウェとンドラ間の60kmだけだ。
リビングストンの南ア系スーパー「ショップライトShoprite」でニンニクを買った。ルブンバシでは大粒のニンニクが払底していたため。ルブンバシの問題はなんでもかんでも輸入なのに流通が悪い。ときどき商品が届かず店の棚からものが消える。計画経済の社会主義体制でもないのに。
キンシャサには「Shoprite」があるが、ルブンバシには進出できていない。地元スーパーが政政治的に動いて邪魔をしているらしい。

売りに出している三菱の四駆L200の後輪が2本とも空気が抜けていたのでタイヤを外した。この作業を庭師ジョゼさんと隣の床屋理髪師エスドラスEsdras君にやってもらった。買い手候補にフランス人と南ア人がいるが話が進まない。僕は車の運転が好きだが、僕が運転すると交通警官に角々で止められてチェックを受けては賄賂を要求される。疲れるからもうこの国コンゴでは運転したくない。だから売ることにしたのだ。それにガソリン代も生活の負担になってきた。

左手の中指の付け根が痛い。甲が腫れている。どこかにぶつけた所為だろうが、何時何処でぶつけたのか記憶がない。

ルブンバシに買い物に出たら、為替が1ドル1575フランになっていた。先週RDCコンゴの中銀が公定歩合を20%に上げたばかりだというのに、金利政策が全く効を奏していないということだ。10年前のように60%以上にする必要があるのだろう。カタンガ州の景気は銅価格が今年に入ってから22%上昇しているから回復基調にある筈なのにこのフラン低下はどうしたことか。

Le dimanche 2 juillet 2017
6時、快晴、18℃、50%。

左手の甲の腫れが引いてきた。中指はまだ痛みなしには曲げられない。

ヘルムット・コールやシモーヌ・ベイユが亡くなった。盛大なセレモニーが行われている。セレモニーは生存者のためであろう。
僕はセレモニーが大嫌いだ。何時からそうなったか。大学の入学式あたりからと思う。入学式も卒業式も出席しなかった。誰の影響だろう。高校は仙台二高で圷(あくつ)校長だった。校長は右翼で僕は彼の挨拶が気に食わなかった。受験校で国立大学合格数競争しか学校の方針がなかった。僕は早く卒業して自由になることだけを望んでいた。その高校でST君との友情が生まれたのは奇跡としかいいようがない。それが第一の青春だった。高校の卒業式には出たのか出なかったのか覚えていない。出たくなかったが、出ざるを得なかったかもしれない。

こうした状況は今のスペインやフランスの高校にもあるようだ。TVでたまたま既存の価値に反抗する哲学教師の物語『#Philo』(アシュタグ フィロ)を見ていてそう思った。『#Philo』の主人公はメルリMerli先生。恵比寿の日仏で会ったフランスの哲学者オンフレイMichel Onfrayさんを思い出した。オンフレイさんも高校の教師をしていた。彼の授業はきっと型破りのメルリ先生のようだったろう。TVシリーズはスペインの作品である。
日本では哲学の授業はなく倫理に吸収されているようだ。哲学は危険な思想を教えると文科省は考えているのだろう。その通りで危険ではない哲学は哲学ではないのだ。

コールやベイユに続いて、フランスではシラクやデスタンが次の候補者だ。同じように生前の功績が称賛されるのだろう。アフリカではムガベかな。

Le lundi 3 juillet 2017
6時、快晴、18℃、52.5%。

朝携帯電話の目覚ましが鳴って起きた途端に停電になった。夕方18時に帰宅しても電気が来ていなかった。19時になって電力会社のマルタンさんに電話したら20時には回復すると云う。確かに20時、電灯がともった。計画停電だが、なぜ同じカマレンゲ通りの半分が停電になったのか理由は不明だ。

タイに出張されていたNさんからお土産をいただいた。コディバのチョコレート、芝大門更科布屋の江戸蕎麦、こしひかり、山本海苔、本目浅吉の抹茶入玄米茶。選択がずば抜けている。日本の珍味などがないのが素晴らしい。感激である。

微熱気味だったのでパラセタモール500㎎を飲んだ。即効。

Le mardi 4 juillet 2017
6時、快晴、18℃、50%。

クラウドという言葉を調べていて、これまでのMS ExcelではなくGoogle Sheetを使うことにした。MS WordもGoogle Docsを使用することにしよう。

ExcelやWordがいらなくなった。MSの株をもっていたら売るべき時がきた。Googleの株に切り替えるのがベターだろう。OSもGoogleが提供できるかもしれない。もっともMSがGoogleを買収してしまうかもしれない。


le mercredi 5 juillet 2017
5時半、快晴、18℃、52.5%。

アルジェリア独立記念日。

le jeudi 6 juillet 2017
5時半、晴れ、18℃、60%。

電力会社Snelで支払い。インヴォイス総額が150万フラン(15万円)を超えていた。勿論エラー。こんな請求書を平気で配布する。クレームしたら5月消費電力料金は24500フラン(2450円)だった。停電がキプシとしては多かった所為で3万フラン以下となった。


le vendredi 7 juillet 2017
6時、快晴、18℃4、60%。

運転免許証が一昨年12月に切れていた。それを更新した。この国では運転したくないので必要がないと思ったが、修理した三菱四駆L200が家に置いておいては売れないので、「売ります」の広告を車に張って多少運転するためだ。そのためには免許証以外に車検証、税、保険がいる。車の売却代金を上げて1万ドルから9000ドル程度にする。10万キロ走った日本の中古四駆がここでは2万5000ドルもする。僕の車はドバイで買ったもので、5万キロしか走っていない。

le samedi 8 juillet 2017
6時、快晴、18℃、60%。

GoogleのDocsでこの原稿を書き始めたが、今日は突如「エラーが発生した」というメッセージがポップアップで出てきて慌てた。Windowsを再起動したら正常に戻ったが、こういう不安定性は困る。

マーゴちゃんがいよいよ出産らしい。ベッドの上で子どもを産んでもらっては大変だ。カナリアにいたとき、チーカちゃんは僕のベッドで出産してしまった。


6月分をまとめて2つにわけてブログを更新した。僕は生来の怠けものだなぁ。

le dimanche 9 juillet 2017
6時、快晴、18℃、55%。

ムソシの子供たちのレストラン「ホープ」の会議に出た。4月の家賃$400はシスター・アスンタ佐野さんの知人I氏、ムソシに一時期いらしたこともあるI氏の寄付で賄ったが、家賃を出すだけの売り上げがもう半年以上ない。売り上げはコンゴフランで家賃は米ドルだ。フランは毎日のように安くなっている。それもあるが、経営が悪いことも確かだ。
どうするか。
アスンタさんと僕は、ルブンバシをあきらめ、家賃が安く、ムソシの子供たちが多く住むカスンバレサに引っ越すことを提案した。ルブンバシにいるムソシの子供たちは比較的恵まれた環境で経済的に困っていない家庭を持っているケースが多い。
始めた養鶏の収支はトントンだったが、継続する。ナナさんの家では300羽まで飼える。養鶏もレストランもカスンバレサでする。
ムソシの子供たちの団結もカスンバレサ地元の方がより期待できそうだ。
カスンバレサはルブンバシから南に90km、バスで2時間かかるが、ムソシに隣接している。

le lundi 10 juillet 2017
5時50分、快晴、18℃、55%。

満月が朝西の空に沈む。夕日は語られるが、月が沈む、朝日が東から昇りはじめ、月が白くなって西に沈むところが詠われることは少ないのではないか。ドラマチックではないからなのだろう。だが、夜と昼との交代、これも毎日のドラマではないか。

今朝も停電しなかった。僕の家の地区は9日ごとに停電させると電力会社の職員アドラールさんは料金を払いに行ったときに云っていたがなぁ。明日がその日かもしれない。
帰りのバスの中にジュヴェ君(15才)くらいの少年がいた。無賃乗車だった。キプシ街道の途中の銅精錬工場ソミカを過ぎたワンタンシTV曲あたりから乗ってきた。運転手は一旦キプシのケルメス市場で降りた少年にまた乗るように云い、警察に突き出す態度をみせた。運転手はソミカで降りた2人の客から2000フランを受け取っていた。だから少年の分は余分な売り上げであった。ケチな運転手だと思ったが、少年が助けてくれというので、僕が運転手に1000フラン払った。一緒に乗っていた学生らしい青年も助けてやってくれと云う。ルブンバシの物乞いの子供たちに一銭もださない僕だけど、僕の町キプシの子どものようだし助けざるを得ない。しかし、一種の「無償の行為acte gratuit」だと納得した。

ルブンバシのオルトドックス(ギリシャ正教)の修道院で念願のチーズを求めた。キロでしか売らない。豆腐大の塊が4個。3個を近くのフランシスコ会修道院のシスター・アスンタさんに分けた。このチーズはシスターと数年前に行った見本市で初めて食した。焼いて食べる。赤ワインがあるといいなぁ。

le mardi 11 juillet 2017
4時50分、快晴、18℃、50%。間違って5時に起きてしまった。

6時になっても停電していない。tant mieux ! 早朝停電を気にする「早朝停電恐怖症」じゃないか。tant pis !

Duolingoという外国語学習サイトで先週土曜日からスペイン語の復習を始めた。
なかなか良くできている。僕の場合フランス語からスペイン語を習う。日本語からだとまだ英語しか習えない。日本の方でフランス語などを習いたい場合は英語からということになろう。サイトはジョザファット君から教えてもらった。彼はここでドイツ語を習ったという。お試しあれ。

20時半、マーゴちゃんが今日一匹目を死産した。まだ他の子は出てこない。チーコちゃんが、心配してか、マーゴに付き添っている。ブラッキー君も落ち着かず、マーゴの周りをうろついている。仔猫が生まれたら里子にだすのだが、箱を用意してタオルや古着を敷いた。今夜無事に生まれるだろうか。日本で母の家から姿を消してしまったチーカはカナリアにいた時に2度出産しているが、一度は僕のベッドの上で1匹目を出産してしまった。ペルシャのチーカの子はアンゴラとのハーフだった。最初の仔猫のチャコとミケは手元に置いた。20年も前のことだから、二人とも他界しているだろう。

マーゴの健康が心配だ。

21時、入浴。夜の入浴は嫌いだが致し方ない。

le mercredi 12 juillet 2017
6時、快晴、18℃、50%。

6時ぴったりに停電開始。日誌をみたら前回は3日だったから丁度9日目。予定通り停電した。Snalのアドラールさんの云う通りだった。本当に計画停電なのだ。
20時(正確には19時50分)、回復。

マーゴのお腹にはまだ子どもが残っているはずだが出てきていない。

電話ではないと云っていた豆腐が行ってみるとあった。2丁、6ドルを買って帰宅。夜は豆腐づくし。

le jeudi 13 juillet 2017
6時、快晴、18℃、47.5%。

先月書いた快い響きをもったルブンバシの通りの名前、「チャンガレレ」はTshangaleleと書く。シャンガレレではながった。リカシ市の人口湖の名前でもある。間違ったので訂正する。

隣の床屋Esdras君のところで整髪。

le vendredi 14 juillet 2017
6時、快晴、18℃、50%。

カスンバレサでムソシの子供たちがレストラン用の物件を見つけたようだが見に行けない。僕の旅券が滞在ビザのため移民局に提出されたまま返ってきていないためだ。致し方ない。カスンバレサ街道では途中で旅券検査がある。賄賂をせびるためのコントロールだ。

今日はフランス革命記念日。パリではトランプを招待して大騒ぎ。第一次世界大戦、1917年に米国が参戦してから100年記念だという。一般はヴァカンスでパリにいない。
この1917年は、ロシア革命の年でもある。父健一が生まれた年だ。父は1985年、僕がルガノにいた時に他界してしまった。

le samedi 15 juillet 2017
7時、快晴、18℃、50%。


6時に目が覚めたとき停電していた。これは定期の停電ではないな。8時20分に回復。tant mieux。10時10分、再び停電。merde alors !