01 octobre 2017

9月1日~30日 アメリカ黒人はアフリカ人か les noirs américains, sont-ils africains ?

le vendredi 1er septembre 2017
14日まで海に行く。インド洋だから、ルブンバシからバスで2日かかる。
コンゴにも海がある。コンゴ河の河口だ。大西洋である。だが、ルブンバシから陸路ではいけない。それに何日かかるか計算もできない。
タンザニアのザンジバルで10日間海を堪能した。このことは別途ブログで「ザンジバル紀行 2017」として書く予定である。

le jeudi 14 septembre 2017

14日15時半に帰宅できた。
チーコちゃん、マーゴちゃん、ブラッキー君が元気に迎えてくれた。一安心である。

le vendredi 15 septembre 2017
6時、快晴、24℃、40%。

昼間の暑さにあたったのか微熱がでた。パナドールを飲み早々に就寝。

le samedi 16 septembre 2007
6時、快晴、22℃、35%。

昼間はない熱が夜に入ってでてきた。

近所の産婦人科医院の院長が三菱四駆L200を買ってくれた。やっと売れた。7500ドル。2009年12月ドバイで買ってダルエスサラムまで船で送り、ダルエスサラムからルブンバシまで僕が運転した車だ。25000ドルかかった。通関費用が6000ドルと高かった。これは騙されたのだ。通常2000ドルと数年後に聞いた。5万キロ程度走っている。
所有車両は残りハイエースのみとなった。

le dimanche 17 septembre 2017
6時、快晴、23℃、35%。

熱は引いているが喉が痛い。

今日はカスンバレサに「子供たち」に会いに行く。カスンバレサ街道は事故が多い。タクシー運転手にはゆっくりと行け(ポレポレ)と云わなければ。

ナナさんのところで養鶏は順調といえよう。彼女の家までカスンバレサからバイクの後ろに乗って30分以上かかる。ムソシ鉱山の櫓がすぐ近くに見える。
6週間が97羽、2週間が98羽。6週間たったニワトリは早く売らねばならない。カルベ君が動いていない。子供たちの連携が悪い。シバタ君、カルベ君、サイトウ君が一丸となってくれなければ。
ナナさんには二人の娘がいる。父親がそれぞれ違う。未婚の母親だ。上がローズさん17歳。身障。下がヴィクサちゃんで、彼女は頭が良く、飛び級で、9歳なのに既に小学5年生。

キミコさんが先週男の子を出産したそうだ。6人の母親になった。
サツキさんの夫はザンビアで刑務所入りしていた(税関トラブル)が、解放されてコンゴに戻った。しかし、生活は苦しいらしく、15歳を頭に6人いる子供たちの一人として就学させられない。
亡くなったクラヌキ君には18歳になる子David君がいる。デヴィッド君はカスンバレサの牧師さんのところに起居しているようだ。前回牧師さんの家に尋ねた時はザンビアに行っていていなかった。僕が家を訪ねたと後できいて、日本人が来た、殺されるかもしれないと逃げ回ったそうだ。とんでもない反応だが、日本人による嬰児殺しの噂はまだ生きている。
カルベ君にも5人の子がある。年初5人目が生まれた。カルベ君は看護士である。最近診療所に就職したと聞いたので、その診療所に会いに行った。診療所とはいっても「掘っ立て小屋」のようなところだった。入院患者は尋ねた時に一人しかいなかった。これでは安定した就職先ともいえない。カルベ君の子どもの一人の学費をシスター・アスンタ佐野さんが支払っている。

ルブンバシからカスンバレサに移転した「ムソシの子どもたち」が経営すべきレストランはまだテラス、室内の床、トイレ、台所が完成していなかった。2か月の遅れ。


le lundi 18 septembre 2017
6時、快晴、24℃、35%。

8月分電力料金をSnelで払った。28000フラン(19ドル)。

le mardi 19 septembre 2017
6時、快晴、23℃、40%。

簡易洗濯機を買った。中国Geepas社製。ドバイで50ドルで売っていることをネットで調べたが、ここでは95ドル(5ドル引いてくれて)。インド人の店だ。日本ではもっと複雑な洗濯機を200ドルで売っている。
洗濯が「重労働」になってきたために購入した。能力3.5㎏で十分である。洗濯だけで脱水はできない。それでも老体には助かる。これでシーツを頻繁にかえることができそうだ。洗剤は多分業務用で米国製をスーパー「マ・メゾン」で売っていた。
家に運んで早速使ってみた。シャツの襟の汚れがちゃんと落ちた。嬉しくなってしまった。

Geepasは中国の会社ではなかった。ドバイに本社を置く。インド系と思われるが、中東及びアフリカに強く家電で伸びている。製造は中国とインドかと思う。


le mercredi 20 septembre 2017
6時、快晴、24℃、40%。

9月の日誌を誤って消してしまった。復元方法を検索して一安心。冷っとした。

le jeudi 21 septembre 2017
6時、快晴、24℃、45%。

朝は24℃と涼しいが、毛布がいらなくなった。

明日が停電予定日だが昨日今日と5時45分から30分停電した。
6時半、断水。何れ水は出るだろう。7時15分、出始めた。

『Christine Noble』(Stephen Bradley、2014年)。
ベトナムのストリートチルドレンの「生きる権利」を支援するノーブルさん(アイルランドの女性)を描いた映画。彼女のような不屈の精神と行動力が僕にはないなぁ。尊敬してしまう。

le vendredi 22 septembre 2017
4時50分、快晴、24℃、40%。

停電予定日なので早起きした。そうしないとお湯が沸かせない。コーヒーが飲めない。停電を待つ。
8時になっても停電がない。

9月は日本の夏至から冬至の中間だから、陽が東の空の北から南にかなり移動した場所から上り始める。6時前に空全体が明るくなる。地球の傾きの所為で赤道直下に近いカタンガでも微妙な変化があるのだ。ジャカランダの花が散りはじめ若葉で満ちる。

ルブンバシの中国人の食品店で豆腐を金曜日になると買うようになった。1丁が日本の豆腐の4個分はある。それを2丁買う。
「親も無し 妻無し子無し版木無し 金も無けれど死にたくも無し」と云ったという林子平は貧しく、豆腐やおからばかり食べていたと、おから料理をする度に母がよく云っていた。
中国豆腐は4日ほど僕のアントレになる。

『Bessie』(Dee Rees監督、2015年)。米国のジャズ、ブルースの黒人女性歌手ベシー・スミスの物語。監督も黒人女性だ。
映画に登場するのは黒人が中心で、白人は殆ど出てこない。現在米国の黒人は15%程度の人口しか占めていない。
アメリカの黒人はアフリカ人ではない。アフリカから先祖が強制的に移民させられた歴史はあるがアフリカ人とアメリカ黒人を同一視するのは大変な誤解である。
映画をみてもわかるが、アメリカ黒人はアメリカ人以外の何者でもない。
オバマ大統領が選ばれたとき、アフリカ人は米国の対アフリカ政策が変化すると期待した。これも誤解である。オバマはアメリカの利益を代表する大統領であってアフリカを代表していてたわけではない。
アフリカ大陸にリベリアを建国したアメリカ黒人にも誤解があったとしかいいようがない。
アメリカに移住させられたアフリカ人は現在英語しか話せない。ヨルバ語もウォロフ語も、その他アフリカの言語を話せない。
ベシーの歌はprofondément américaine。

le samedi 23 septembre 2017
6時、快晴、24℃、30%。

6時10分、停電。えっ、停電日は昨日じゃなかったのかい。

不可解なのはこの国の常。
電力会社Snelのアドラールさんに電話したら、計画停電(彼は「délestage供給制限」という言葉を使った)は10日ごとになったと。となれば、次の停電は10月3日となる。さて?

20時15分になっても電気がこなかったので、アドラールさんとマルタンさんに電話で催促したら、5分後に電気がきた。世話の焼けることだ。

le dimanche 24 septembre 2017
6時、快晴、24℃、40%。

『Un coeur à l’écoute』(Sweet Nothing in My Ear、Joseph Sargent監督、2008年)。聾唖者の世界を描いている。人口内耳の情報もあった。アメリカ映画らしくドラマチックな完成度の高いシナリオだ。こうした映画を日曜の昼間に放映できるフランスの民間TV局はまともだなぁ、と思う。この映画の場合はD8だった。映画専門チャンネルではない。TF1、
M6などと並んで総合TV局である。

le lundi 25 septembre 2017
5時50分、快晴、24℃、35%。

ミニバス(トヨタ ハイエース)もフランクランさん経由で売却した。2500ドルにしかならなかった。中から仲介した人物に150ドル、フランクランに修理費などで1000ドル支払った。さらにフランクランが借金を申し込み、1500ドルの証文を書いた。来年1月に返してくれるというがなぁ。

このバス運営でも苦労した。運転手たちは雲助以下で、全員泥棒だった。この雲助をWikipediaで調べたら、宿場の駕籠かきとあった。そこで思い出したのが「駕籠に乗る人、担ぐ人、そのまた草鞋を作る人」。母がよく云っていた。世の中は様々だ、ということだろう。

le mercredi 27 septembe 2017
6時、快晴、25℃、40%。

le jeudi 28 septembre 2017
6時、快晴、25℃、40%。

先週の木曜日から庭師ジョゼさんが休んでいる。母親が病気で見舞いに行ったためである。母親はカタンガ州の中央カミナ市近くの村にいる。400kmしかないが、村まで行くには2日かかる。バスを乗り継いで行くようだ。鉄道もあるが、列車では何日かかるか予測もできない現状だ。一昨日電話で帰るといってきたが今朝も働きに来ていない。
植木は雨季ではないので毎日伸びるということもない。雨季なら植木がぼうぼうだ。田舎の道は雨でぬかるんでバスが通れなくなる。

毎日フランスでは天気予報がドラマチックに報道される。各TV局の予報官は身振り手振りよろしく、口角泡を飛ばしてフランス各地の天気を語る。予報官は人気者vedettesになる。
RDCコンゴのカタンガ州ではどうなるか。
4月中に始まる乾季ともなれば、それから6か月間毎日快晴だからつまらない、「明日も快晴、明後日も快晴」、天気図の解説も必要ない。11月からの雨季では、毎日の予報が難しい。「明日は雷雨、豪雨となるでしょう」と予報官らしいことがいえるけれども、午前中なのか夜中なのか、予報するには苦労するにちがいない。現在4つに分かれた大カタンガ州だけで日本よりも広いのだ。そこにいくつ位気象台があるだろう。2010年、Googleでさえ大都会ルブンバシの天気を表示できなかった。僕は当時Googleに抗議したが、ルブンバシの気象情報を出すようになったのは最近である。雨季は梅雨ではない。毎日天気が変わるし、一日の変化も激しい。ルブンバシで雨が降っても、そこから南に30kmしかないここキプシは晴れていることも多い。

チーコちゃんたちのビスケットがどのスーパーでも払底して2か月以上売っていない。仕方ないので、メダカのような干した小魚をンジャンジャ地区で買ってきて、食事として与えた。食べない。軟らかく煮てもダメ。カタンガの家庭の主食トウモロコシの粉と混ぜても食欲をみせない。「君たち、カタンガ産まれだろう」と云っても無駄だった。
仔犬用のビスケットを出したら、多少食べてくれたが、余程空腹でないと食べない。そんなに贅沢に育てた記憶はないが、困ったものだ。

le jeudi 28 septembre 2017 bis
「ザンジバル紀行 2017」

時系列で書いても面白くないと思うのでテーマを選んで書く。

ザンジバルに行くには、飛行機という手段もある。ザンジバル(ウングジャ島)には国際空港があり、中東、アフリカから定期直行便が出ている。欧州からも季節により直接運行されている。

僕にとってのザンジバルは先ずアフリカ黒人奴隷貿易の拠点として認識されている。コンゴからも、特に現南北キヴ州やカタンガ州東部から多くの黒人がザンジバル経由アメリカ大陸などに送られた。
現在は観光島である。常夏の島だ。ケニアのモンバサと競争できるビーチがある。南半球だがルブンバシよりも赤道に近い。

ダルエスサラームから高速船で90分。最短ルブンバシから陸路では3日目に到着できる。今回はザンビアのキトウェまで金曜日の午後にルブンバシを出て夕方パオラさん邸で泊まり、翌日早朝のバス(Power Tools社)でタンザニア国境に夜中についた。タンザニア側の町トンドマでホテルに泊まり、翌日日曜日のバスで出発、ダルエスサラームに着いたのも夜中だった。

le vendredi 29 septembre 2017
5時半、快晴、25℃、40%。

チーコちゃんたちの朝食に、スーパー『マ・メゾン』で見つけたカジノ(フランスのスーパー)の缶詰を開けて出した。ソーモンだったが、みんな「ぺろり」と食べてくれた。猫ちゃん用のフードだが贅沢だなぁ、君たち。「今朝は美味しかったわ、もうないの」と僕にまとわりつく。

le samedi 30 septembre 2017

6時半、快晴、24℃、40%。

03 septembre 2017

8月16日~31日 「ムソシの子供たち」の再出発 redémarrage des enfants de Musoshi

le mercredi 16 août 2017
6時、快晴、20℃、47.5%。        


le jeudi 17 août 2017
5時、快晴、20.5℃、47.5%。


朝6時に停電予定の日。6時3分前に停電した。これで20時まで電気がない。晩御飯は昨日作ってしまった。牛肉のワイン煮込み。


電力会社Snelの請求書が来ていなかったので昨日Snelオフィスでデュプリカタを作ってもらった。28350FC。ドル・フラン交換レートは1500で最近落ち着いているので約19ドルだ。


le vendredi 18 août 2017
6時、快晴、22℃、50%。


温度が上昇している。暑い9月にむけて寒さが遠のく。ありがたい。
出かかるときに襟巻をしていたが、もう来年6月くらいまでいらないだろう。毛糸の手袋だって街中で売っている。アフリカとはいえ南半球の冬も寒いのだ。


昨夕、バルセロナでテロ。バルセロナには甥が住んでいる。スイス時代(1982年から15年)ジュネーヴからよく彼の家に行った。900kmだから9時間で着く。本屋をしていたが倒産した。スペイン人も本を読まない。自分の好きな分野の本しか置いていなかったから無理もないかもしれない。ジュネーヴに職を探しに来たが成功しなかった。


テロのあったランブラスはバーリオ・チーノ(チーノ区)とゴチコ区を分ける賑やかな通りである。港からカタルーニュア広場に抜ける広い道だが、車道よりも中央の歩道に幅があり、土産店やストリート・アーチストが集まっている。チーノ区は地元の人たちも足を踏み入れない怪しいカルティエだったが、オリンピック以降面白くない普通の場所になってしまった。ジュネがいた時代はさぞと思う。


RDCコンゴでは毎日のように東部や最近では中央部のカサイ州の村々が襲われて、多くの犠牲者を出している。いちいちトランプもTwitterでコメントしない。時々国連やNPOが「統計」をだして、7月末までに何千人が殺され、何万人の難民が出たという。


le samedi 19 août 2017
5時半、快晴、22℃、45%。


カスンバレサの「ムソシの子供たち」に会った。
ルブンバシからカスンバレサまで乗り合いタクシーで9時半に出発。タクシー料金が1000フラン値上がって6000フラン。帰りは7000フラン。
カスンバレサからナナさんの家までバイクタクシーで3000フラン。バイクに迎えに来てくれていたシバタ君と相乗りして30分。
ナナは5月からN参事官のご寄付を元手に養鶏をしてもらっている。テストケースで、ルブンバシでの鶏販売に難があったけれども、損失はでなかった。100羽のヒナのうち85羽が育った。多少の利益がでたので7月末ナナに50ドルの謝礼を払っている。


ナナは元気にしていた。庭に井戸を掘っていた。地下4Mで水がでるそうだ。ヒナはよく水を飲む。水道が家から20Mほどのところにあるが、水が出たり出なかったり。井戸は炊事、洗濯などにも使える。「ムソシの子供たちの会」の分だけでなく自分でも100羽を今養鶏している。合計200羽だ。鶏の部屋を見学した。5月とは違う部屋で飼っていた。とても清潔にしている。大変な仕事だ。今回は歩留まりがよく、「会」のために買った100羽のうち98羽が2週間目でもピーチクパーチク。さらに100羽のヒナ分を「日本カタンガ協会」から追加融資することにした。ナナは450羽まで養鶏できるといっている。
生後2週間目のヒナ

13時にナナの家を出て、カルベ君の家にバイクタクシーでむかった。カルベの家に8月初旬閉鎖したルブンバシのテキサコ地区にあった「子供たち」のレストラン「ホープ」の調度(テーブル、いす、冷凍庫等々)を預かってもらっている。カスンバレサで新たなレストランを「子供たち」の手で開いて運営してもらう。レストランとなるべき物件も見た。カスンバレサ村とカスンバレサ税関(国境)との中間にある。理想的な場所とは云い難いが家賃が70ドルと安い。テキサコは400ドルだった。テラスや室内の工事にまだ30日ほどかかるかもしれない。


カスンバレサに「子供たち」の中でも貧しい層が多い。炭焼きをしているサガラ君、夫がザンビアで刑務所入りしてしまったサクラさん、そしてナナさん等々も手伝う。看護師の仕事がカスンバレサで見つかったカルベも参加するが、経営責任者はギリシャ正教の学校で教師をしているシバタ君がなり放課後来て帳簿をつける。


シバタ君はキンシャサにいるタカハシ君とともに大統領親衛隊にいた。タカハシ君に戦争経験はないが、シバタはコンゴ全土に軍人として転々としている。特に赤道州で国際刑事裁判所で有罪となった元副大統領ベンバの軍と戦った。命が大切だと思ったことと、学生結婚をしていてカスンバレサに妻子がいたので軍を辞めたのだとういう。軍にいれば今頃コロネル以上に出世していたろう。しかし、軍は部族主義(トリバリスム)が激しく、日本人の子であるため出身部族がなく、「コンゴ人」ではないといわれたそうだ。リカシで今の大統領ジョゼフの父親ローラン・デジレ・カビラ大統領が親しかった北朝鮮の軍指導官に訓練を受けた。
シバタ君はしかし軍人というよりも気のいい小学校の教師が向いている。戦場を駆け巡るよりも、今度は「子供たち」のためにレストラン経営で精を出して欲しい。彼なら出来るだろう。


ナナには父親が誰かわからない子が二人いる。末の娘は9歳だが頭がよく、飛び級で既に小学5年生。カルベには今年何人目かの子が生まれた。キミコは妊娠8か月、夫が外に女を作って家に寄り付かなくなった。精神的にも参っているらいい。次回には様子を見にいこう。


「ホープ」で賄いをしていたユキコさんは自分のレストランを始めたそうだ。テキサコにいた電気技師と去年12月に子供ができた。ナナが育てたトリを数羽買ってくれたが支払いをしていない。ユキコやお金持ちに嫁いだ元子供たちの会長ケイコさんも自分のレストランを経営している。彼女たちにトンカツ、ヤキトリ、ショウガ焼きなどコンゴで手に入る材料で日本食を教えたが役に立たなかった。


テキサコの「ホープ」レストランは日本財団のS氏の個人的ご寄付で2015年8月に始めた。経営悪化で僕の友人Mさんやfacebook友人ニジェール在住のY氏、妹さつきちゃん、また僕のブルグの長い間の読者である関西のSさん等にご寄付も頂いた。テキサコの「ホープ」にご支援いた方々には申し訳ないけれどもカスンバレサで再出発である。テキサコの家賃のギャランティーが1200ドル返却される。これが運転資金の原資になる。


レストランや養鶏で、今一番問題である「孫たち」の世代、「ムソシの子供たちの子供たち」の世代の教育費が少しでも出せるようになるようにしたい。それも「子供たち」の自助努力でなせるように。


le dimanche 20 août 2017
6時半、快晴、22℃、55%。


休暇を9月1日から10日乃至14日間とろうと思う。8月31日にルブンバシで用事があるのでその前には出られない。ところがコンゴ滞在ビザが9月10日で切れることが分かった。これを延ばせるように今週交渉しなければならない。できなければ休暇キャンセルだ。
今回はフルにBooking.comを使っている。ホテルキャンセル料を取られるところがある。参った。注意して予約しないといけなかった。


le lundi 21 août 2017
6時、快晴、20℃、50%。


le mardi 22 août 2017
5時半、快晴、20℃、50%。


le mercredi 23 août 2017
6時、曇り。キンシャサ。


17時半、ルブンバシに帰着。


le jeudi 24 août 2017
6時、快晴、21℃、35%。

le vendredi 25 août 2017
4時、快晴、22℃、40%。


4時に目が覚めてしまったので、朝食を用意し、メイルを書いたりネットを渉猟していた。


休暇には9月1日から入ることにした。移民局DGMから旅券を返却してもらい、再入国査証はダルエスサラムで取得することにする。再入国後、長期滞在査証を申請する。
休暇中のホテルはキャンセルしない。



le samedi 26 août 2017
5時45分、快晴、22℃、40%。


6時丁度に停電開始。予定通り。20時まで停電する。
ところが8時50分に電気が来てしまったのである。
この不確定性、不定期。それがコンゴなのだが、少なくとも7月から9日ごとに停電という定期性があった。それが崩れた。


ジェカランダの花が咲き始めた。ジャカランダはソメイヨシノに似て花が葉よりも先に現れる。毎年9月がジャカランダの季節である。「アフリカに季節がない」とは誤りだ。赤道直下でも植物は季節を良く知っている。


今朝ネット契約を調べた時には1ギガの残量があった。それが、昼過ぎになくなっていた。PCと携帯両方にネットをつないでいなかった。PCだけ。動画もDLしていない。知らぬ間にPC側のプログラム更新がされていたとも思えない。PCの方が携帯よりも遥かに消費量が多いのかもしれない。仕方ないので、VodacomのSIMをつかったデータ通信に切り替えた。


le dimanche 27 août 2017
6時、快晴、21℃、40%。


『Christina Noble』(UK, Stephen Bradley, 2014)


le lundi 28 août 2017
5時半、快晴、21℃、40%。


le mardi 29 août 2017
5時半、快晴、20℃、40%。
le mercredi 30 août 2017
6時、快晴、20℃、40%。

20時ジャストに停電。驚き。

8月1日~8月15日 先祖の日 Fête des morts en RDC

le mardi 1er août 2017
6時、快晴、18℃、55%。

RDCコンゴでは「先祖の日」で休日。墓参りの日である。正式にはFêtes des parents et des mortsという。キリスト教国では万聖節(諸聖人の日、11月1日)の翌日が墓参りの日になっている。それをコンゴがザイールと呼ばれた時代、モブツが1979年、万聖節の翌日ではなく、先祖の日を8月1日とすると決めたのだそうだ。植民地時代を意識したモブツらしい政治決定だが、何故8月1日なのかはわからない。

この日はスイスでは1291年に連邦を結成した日、建国記念日となっている。なおスイスのカントンcantonを州と訳し、コンゴではprovinceを州と訳している。米国ではStateだ。しかし、州の概念は日本では理解が難しい。スイスの州はアメリカ合衆国の州よりも独立性が強く、スイス民主主義の基本になっている。コンゴの州は行政単位であり、独立性が極めて低い。中央集権である。
日本に道州制を採用しようという向きがあるが、それは中央集権制を修正するためなのだろうか。
難民の画像、これが現代コンゴの象徴になっているとは無念である。

電力メーター検針。16148kWh。7月の消費量は396kWhであった。昨日を含めた長い停電の所為か400kWh台に入っていない。tant mieux !

何とまた停電。8時半。12時ごろに回復したようだ。

携帯サムスンJ1にもいろいろモデルがあることが分かった。僕のモデルはJ111Fで、アマゾンに注文したケースはJ110だった。僕のミスである。750円の損失。tant pis !
液晶のカバーシートが上手く修理出来たらまたアマゾンで買って、出張者の方にケースの託送をお願いするようにしよう。


le mercredi 2 août 20017
6時、快晴、18℃、55%。

車でキプシの家まで送ってもらったが、疲労困憊。たまにはいいだろう。和気藹々とした中で打ち合わせ通訳ができたからだ。険悪な雰囲気だったらもっと疲れてしまう。

le jeudi 3 août 2017
5時、曇り、20℃、55%。えっ、20℃! それだけで嬉しくなる。でも曇り空。

9時、快晴。おおっていた雲は跡形もなく消えている。一体どこに行ったのだろうか。

DRKATで車検(70ドル)、16年、17年の車税(43x2=84ドル)、駐車税(40ドル)を払い、Snasで6か月分の保険料を払い込んだ。すべてキプシで手続きをしたので早かった。
これで三菱四駆L200を僕が運転する。売却の広告は窓に張り付けたままとする。

le vendredi 4 août 2017
6時、快晴、19℃、55%。

携帯はガラスシートではなくLED画面にひびがいっているということらしい。レバノン系「ナゼム」の携帯ショップで見てもらった結果だ。「ご愁傷さまmes condoléances」といわれた。ガラスシートをアマゾンで注文し、出張者の方にもってきてもらったが、修理不可。ルブンバシのサムソン代理店でLEDを直すと75ドル。

le samedi 5 août 2017
5時半、快晴、20℃、50%。

ルブンバシのチャンガレレ通りで売りに出した三菱ピックアップL200を運転して13時に帰宅した。車をルブンバシにおいている間に、後部荷台の三菱マークを盗られた。詮ないことをする。

le dimanche 6 août 2017
7時、快晴、20℃、55%。広島原爆投下の日。

久しぶりの寝坊。

午後キプシ近くの「アマディ農園 Ferme Les Amadi」を見学した。キプシの入り口に新しくできた農園。何々将軍の農園だそうだ。将軍たちはビジネスマンが多い。農園とはいうもののホテルが中心だ。1泊150ドルと250ドルの部屋があるそうだ。プールがあるが、フランスでいえば三ツ星程度だろう。従業員の態度は最低で馴れ馴れしい。これをフレンドリーとはいわない。
農園入り口で5ドルの入場料を取る。僕は拒否した。ルブンバシ郊外のヌンビ将軍の農園も入場料をとるが、数千ヘクタールの公園になっている。ここ「アマディ」はまだ未完成じゃないか。

le lundi 7 août 2017
6時、快晴、20℃、50%。

le mardi 8 août 2017
5時半、快晴、20℃、40%。

6時13分、「予定通り」停電開始。

18時半過ぎ、ルブンバシから運転して帰宅。夜の運転は怖い。道路端を歩いている人や自転車をこいでいる人が見えない。対向車がライトを下げない。片目の車も多い。

le mercredi 9 août 2017
6時、快晴、18℃、50%。長崎原爆投下の日。

昨日今日と野党が呼びかけているゼネストの日だが、ルブンバシでは追随する店が少ない。それでも、魚を路上で売っている露店が多いンジャンジャ地区(ケニア区隣)では露店が閉まっていたそうだ。キンシャサでは昨日反政府派に軍・警察が発砲し13名が犠牲者となったという報道があった。
これを隠すため、facebook、twitterなどソーシャルネットにアクセス制限がかかっているという。僕はVPNを使用しているので影響がないと期待する。

le jeudi 10 août 2017
6時、快晴、18℃、55%。

le vendredi 11 août 2017
6時、快晴、18℃、55%。

le samedi 12 août 2017
6時、快晴、18℃、50%。

身体がだるい。日光浴をしながら本を読んでいたのだが、暑気当たりかな。

RDCコンゴの東部(南北キヴ州)では相変わらず村々を襲うマイマイ(武装強盗集団)や近隣(ルワンダ、ウガンダ等)の傀儡軍が暴れている。旧カタンガ州東部では、バントゥによるピグミー攻撃が頻発している。またコンゴ中央部の旧カサイ州の国軍と住民の争いはここ1年間収まっていない。加えて旧バ・コンゴ州(州都マタディ)やキンシャサではコンゴ王国再建を叫ぶ宗教団体が先鋭化してきた。
南東部ルブンバシは静かだ。しかし、一触即発ということもある。カサイ州から国内難民が押し寄せてくれば、1991-2005に見られた民族紛争再燃も懸念される。
今年末までに大統領選挙を実施すると去年12月31日に与野党合意が成立したが、政権側はこうした国内混乱状態では選挙が出来ないと言い出した。一理あるようにも見えるが、元々は中央政府の指導力の不足、選挙引き伸ばし作戦が国内の纏まりを困難にしているのではないか。
経済的には国内通貨コンゴフランの暴落が国民生活困窮の直接的原因になている。
まるでこれでは希望がない。出口がない。

見たいと思う映画『Je ne suis pas votre nègre』(ラウル・ペック監督)。
『I am not your negro』、ボールドウィンの言葉が生きているようだ。

le dimanche 13 août 2017
6時半、快晴、20℃、47.5%。

le lundi 14 août 2017
5時50分、快晴、20℃、47.5%。

le mardi 15 août 2017
5時20分、快晴、20℃、50%。日本敗戦の日。

定期停電の日にあたると思って早起きしたが、それは明後日木曜日だった。計算違い。

01 août 2017

7月16日~31日 キボコ君 Kiboko ou Hippopotame

le dimanche 16 juillet 2017
6時、快晴、18℃、50%。

昨日午後からネットが不通。契約した12Mbを使い果たしたのだろうか。7月5日にはまだ10Mbあったのに。videoは殆どDLもULもしていない。携帯ではアプリを勝手に更新してくれる。でもそれだけでバイトを消費するのかなぁ。

カスンバレサの物件のギャランティーを払ってくれとせがんでくる。1000ドルだ。自助努力をしてほしい。明日までに払わないと、押さえられないというのだ。場所はよさそうだ。だが、レストラン経営の体制が出来ていない。ルブンバシのテキサコの賃貸契約を切れば今のところ1200ドル返金になるが、契約条件がはっきりしていない。

四駆三菱L200を売りに出しているが、運転手ルディさんが見つけてきたポテンシャルな買い手、フランス人、南ア人がなかなか決めないので、ルブンバシに車を移動して売却宣伝をすることにした。一時、僕の免許を更新したので他の書類をそろえて僕自身が運転してルブンバシにもっていこうとしたが、それには保険をいれて500ドル近くかかる。そこでルディさんが警察のいない日曜日にルブンバシまで車を持っていくことになった。1万ドルで売りたいがどうなるか。6000ドルまで値下げを検討した。クリスチャンのいた職業訓練マペンド校のメカの先生ンバングさんに修理してもらったので車は完全に修理された。また僕がルブンバシに通うのに使うこともできる。しかし、交通警官のいやがらせ、賄賂請求に嫌気がさしている。運転は好きだがもうRDCコンゴではしたくない。バスでルブンバシに行けば1000フラン(これまで100円としてきたが、フランの暴落で、現行レートでは72円)しかかからない。L200の燃料費よりも遥かに安い。それにバスの方が楽なのだ。
11時20分、車はルディさんが運転してルブンバシに向かった。

le lundi 17 juillet 2017
6時、快晴、18℃、50%。

まだまだ寒いなぁ。ここは地図上は熱帯、でも南半球だから今が冬と云ってもいい。9月になれば朝が室内で22℃になろう。それまで寒い。

帰りのバスが値上がっていた。1000フランから1500フラン。毎日のようにフランが値下がりしており、今日は1ドルが1580フラン(スーパー「ジャンボ」の例)。去年1月の1ドル900フランからみるとかなりのフラン下落だ。バス料金はこの間上がっていないのだから致し方なかろう。バイクタクシーも明日から500から1000フランになるそうだ。
一時のジンバブウェほどではないにしても、狂乱物価時代が来るかもしれない。

le mardi 18 juillet 2017
5時50分、快晴、18℃、40%。月はほぼ頭上にみえた。下弦の月かそれに近い。

キプシのバイクタクシー料金は500フランで据え置きだった。ルブンバシの乗り合いタクシーも市内500フランで変わりなし。ガソリン代は1600フランで200フラン上がった。
ルブンバシのスーパー「プサロPsaro」のレートは対ドル1650フランとフランが先週よりもまた大幅に下がっていた。

猫ちゃんのビスケットがどのスーパーでも払底していて入荷は月末になろうという。買い置きがなくなってきた。困ったなぁ。

le mercredi 19 juillet 2017
5時半、快晴、18℃、47.5%。

le jeudi 20 juillet 2017
5時半、快晴、18℃、55%。

le vendredi 21 juillet 2017
5時半、快晴、18℃、52.5%。

6時10分、「予定通り」停電。20時、きっかり回復。
これは凄い。今月3日、12日に続いて9日目である今日21日「予定通り」停電したのである。キプシの電力会社Snelの計画停電だ。これができるということはSnelが各地区の電力消費量を計算し、地区ごとに電力を切断できるということだ。最近代わったキプシSnelの支店長は元技術部長のムトンボさんである。彼が計画停電を編み出したに違いない。それまでは消費量オーバーでトランスが切れたら応急修理するという付け焼刃だったわけだ。勿論トランスを容量の大きいものに取り換えれば一番いい。それには金がかかる。何時になるか分からないが、大容量トランスにできるまで定期停電をするのだろう。しかし、定期的に、計画的に停電させるとは進歩である。ルブンバシでは不定期に毎日のように停電する。ルブンバシは大都会だが、キプシのように地区ごとに持ち回りで停電させるようにすれば、消費者は前もって停電に備えることができるようになる。
僕は今朝5時半に起きて、お湯を沸かしコーヒーをいれた。パンもトーストしてしまい、6時の停電を待った。20時に回復と分かっているから不安がない。
次の停電は30日(日)。こういうことが、電力会社から各家庭にアナウンスされるようになるともっといい。


le samedi 22 juillet 2017
5時半、快晴、18℃、52.5%。

コンゴ人は地下資源が豊富なことを誇りにしている。コンゴは世界一リッチなのだという。そして、にも拘わらず国民の生活が貧しいのは外国企業の所為だと信じて疑わない。
国営鉱山会社Gecaminesは採掘権を外国企業に売り渡し、採掘を任せて株主として配当を受ける会社になってしまった。
それも経営としては悪くないかもしれない。しかし腐敗構造で借金だらけの会社になった。
政治が悪いというのは簡単だ。記事ではカビラ大統領叩きをしている。グルンバーグの記事も引用している。任期切れで居座っている大統領を叩くのも簡単だ。
だが、国民主権の国である。野党も口先ばかり。影の最大野党はカトリック教会。2016年12月末の与野党合意は教会の努力だった。それから半年、政権から教会は無視されている。今一歩、教会が国民をまとめることはできないのか。政教分離の建前はあくまで建前ではないか。国民の責任、まさに自己責任を全うできるのは教会しかないと僕は思う。

Facebook のコメント(上記)が一旦消されたが、また現れた。

le dimanche 23 juillet 2017
6時、快晴、19℃、47.5%。

le lundi 24  juillet
6時、快晴、19℃、57.5%。

le mardi 25 juillet 2017
6時、快晴、19℃、55%。

20時、停電。意外と長い。回復を待ちながら21時に寝てしまった。24時に目が覚めた時には回復していた。


le mercredi 26 juillet 2017
6時、快晴、18℃、50%。

ルブンバシのどのスーパーにも猫ちゃん用のビスケットが売り切れで棚においていない。仕方ないのでワンちゃん用のビスケットを買った。チーコちゃんたちにあげてみると、ごく普通に食べてしまった。ビスケットの大きさが犬用と猫用ではちがう。しかい、小型犬用なら猫ちゃんも無理なく食べられるようだ。

le jeudi 27 juillet 2017
6時、快晴、18℃、50%。

今月冒頭に書いたジョザファット君、とても背が高い。188cm。マスクも悪くない。明日、ルブンバシのカラビア・ホテルでファッションショーがあるが、そこでモデルとして出演することになった。おめでとう。多少出演料も出るようだ。入場料が25ドルもするので僕は見に行けないが。
キボコ君
アフリカ的ファッションではある
ルブンバシではモデルの仕事は殆どない
いつか国際的モデルになりたいのかなぁ
ジョザファット君の苗字は「キボコ」、スワヒリ語では「hippopotame、カバ(河馬)」という意味だ。出身地のキンシャサの言語リンガラでは特に意味はない。彼の体形は、しかし、カバには程遠いスポーツマン・タイプ。お姉さんの写真をみたけれど、彼女も優形である。

午後Canal+で映画『Madame Doubtfire』を観ていたら、あと15分というところで映画が切れた。他局は見えたのだから、92局Cinema Emotionだけが問題のようだ。

le vendredi 28 juillet 2017
6時、快晴、18℃、45%。

僕の三菱四駆がなかなか売れない。8000ドルで売れればと思っている。バスでルブンバシに行くのは楽でいいのだが、警察官の嫌がらせもないし、疲れない。しかし、ちょっと寂しい。そこで考えたのがバイクである。
ルブンバシのヤマハに行ってみた。
1100ドルで125ccが買える。2000年から2005年末で東京にいたとき、バイクに数年乗った。カブの中古を買ったのだ。125ccならもう少しスピードがでる。ここのポリスなら巻いてしまうこともできそうだ。250ccだと4000ドルくらいする。バイクに慣れるまで125で十分だろう。バイクはしかし危ない。雨の日も11月になればある。
でも、急にバイクに乗ってみたくなった。
市井三郎という哲学者がいた。ラッセルの『西洋哲学史』を訳した方だ。市井さんがバイクに熱中したのは60歳を過ぎた晩年だったと思う。
僕は日本でバイクに乗って交通事故は起こしていない。信号無視で10万円の罰金を食らったことはある。オレンジに信号がかわってから交差点を渡ったのだが許してくれなかった。バイクのヘルメット探しをしなければ。どこで売っているかなぁ。
フランス映画『Motorcyclette』はカッコよかった。調べてみると英仏合作映画。1968年制作だ。何回かTVで見た気がする。あれはハーレー・ダビッドソンだとWikiに出ていた。いつかハーレー・ダビッドソンに乗ってみたい。でも中古でも買えそうもない。ルブンバシでは見たこともない。
キプシではバイクタクシーによく乗る。100ccのインド製「ボクサー」が多い。以前は中国製が多かったように思うが、「ボクサー」が今は主流になっている。

le samedi 29 juillet 2017
6時、快晴、18℃、50%。

昨夜のFrance3(TV)でカルパンティエ夫妻が1960年代から90年代にかけて創作担当したバラエティー番組の思い出が放映された。当時のスターたちが勢揃いだった。今日のTF1が民営化される前の番組で、フランスのテレビが大衆化が始まったといっていい時代である。
僕が初めてパリに行ったころ(1972年)、家庭のテレビ受像機には扉がついていた。番組を見るときだけ扉をあけてスイッチをいれていたのである。チャンネルも数局しかなかった。大学都市の寮(モナコ館)の部屋にTVはなかった。あったのは半地下にあったスナックバーだけだった。
第一回アルジェリア時代(1973年から9年間)の最後に小さな受像機をフランスで買った。地中海を隔ててアルジェリアの向かいはフランス。フランスのTV番組を見ることができたが画質が良くなかったので殆ど見ていない。テレビを見始めたのはスイスに住むようになってから(1982年から15年間)で、ソニーのモニターTVを手に入れた。大好きだった番組は毎週木曜日の『特派員レポートEnvoyé spécial』(フランス)とスイスロマンドTVでは月曜日夜の映画だった。
昨夜はそんな僕でも知っているスターが出てきた。「ジジ アモローゾ」のダリダ、若いシャルル・アズナブール、ジルベール・ベコー、ジョルジュ。ブラッサンス、バルバラ、ぺトラ・クラーク、ジョー・ダッサン、クロード・フランソワ、ミレイユ・マティユ、シルビー・バルタン、物まねのティエリー・ル=ルリュロン、デパルディユ、サルドー等々、アラン・ドロンまで出てきた。思い出に耽るのは僕の趣味ではないが懐かしい人々に違いなかった。

le dimanche 30 juillet 2017
5時半、快晴、18℃、50%。

6時に停電になる予定だった。ところが、3時に目が覚めた時、既に停電していた。回復したのは20時。5時半に目覚ましを設定して、起きたらすぐにコーヒーを入れる筈だったが裏切られた。ま、予定通りいかないのがこの国とはいえままならぬ。


le lundi 31 juillet 2017
6時、快晴、18℃、50%。

18時半に帰宅したら停電中だった。昨日が「定期」の停電だったのではないか。20時になっても回復せず、結局21時まで停電が続いた。地区ごとの持ち回り停電ではなく、そういえばバス停から家までの通りの灯が消えていた。また送電線が盗まれたのか。

上弦の月。

アマゾンで注文し、東京からの出張者の方K氏に託送した携帯のガラス保護シートが届いた。休み明けの2日に修理しよう。ルブンバシではこのシートが払底していて修理ができなかった。仲介をしていただいたNさま、ありがとうございます。

同時に注文した携帯電話ケースは、サイズが違っていた。アマゾンがいい加減なのか、アマゾンのサプライヤーがいい加減なのか、返却しなければならない。交換することができるだろうか。トライしてみる。