29 août 2011

8月28日国連職員による密輸事件 Cassitérite saisis dans un véhicule de la MONUSCO dans l’Est de la RDC

Le dimanche 28 août 2011
快晴。7時、21℃、45%。風やや強し。

屋内の物置にネズミが巣くっていた。ネズミの糞だらけ。汚い。ネズミを追い出してジャベル(次亜塩素酸)につけたモップで掃除した。ネズミは何を食べていたのだろう。タマネギの皮がちらかっていた。ダンボールが食い散らかされていたにはちがいないが。マドンナのビスケットの袋(20kg)には穴があけられていない。助かった。

本格的にネズミ対策を考えないといけない。やはり毒殺するに限る。しかし、チーコちゃんやマーゴちゃんが犠
牲になったら大変だ。

国連の運転手が密輸出。国連職員だからといって犯罪者がでないとは限らない。RDCコンゴに派遣されているMonusco(国連コンゴ安定化ミッション)の現地職員(運転手)がレア・メタル(カステライト)を北キヴ州とルワンダ国境で逮捕した。国連の車で国外に出ようとしたようだ。国連の車には「UN」の文字がサイドに大きく書かれている。ルブンバシの街中でも我が物顔で走っている姿をよくみかける。
UNの車と事故でもおこせば直ぐに「国際問題化」されてしまうらしく、みなが怖れている。そんな車を利用しての密輸計画だった、発覚したのが例外ではないだろう。国連当局は、RDCコンゴの警察に全面協力すると宣言している。コンゴのメディアは大きくこの事件を取り上げたが、それは「やっかみ」半分である。正義からではない。なぜなら、国連とは関係のない盗掘・密輸は日常茶飯。国境警察はいくらでも「転ぶ」、多少の御礼を払えば。

Cassitérite saisis dans un véhicule de la MONUSCO dans l’Est de la RDC

Cassitérite-RD Congo - Les services spécialisés de la police congolaise ont saisi 1.200 kilos de cassitérite dans une jeep de la Mission des Nations unies pour la stabilisation du Congo (MONUSCO), dimanche soir, au Nord-Kivu, dans l'Est de la République Démocratique du Congo (RDC), a-t-on appris lundi de sources policières à Kinshasa.

Ces cassitérites étaient contenues dans 24 colis portant chacun la marque 'Indian One/50kgs', affirment les mêmes sources.

Le gouverneur de la province du Nord-Kivu, Julien Paluku, a ordonné l’arrestation du chauffeur (de nationalité congolaise) et la consignation des colis saisis dans l’entrepôt de la Direction générale des douanes et accises (DGDA), pour raisons d’enquête.

Le 28 juillet dernier, la police des Mines avait saisi 10 tonnes de cassitérite au quartier Ndosho à Goma, au Nord-Kivu. Ces minerais provenaient du Sud-Kivu dans un camion convoyé par les militaires des Forces armées congolaises (FARDC).

La cassitérite est un minerai composé de dioxyde d'étain, pouvant contenir des traces d'autres éléments métalliques notamment le fer, la tantalite, le niobium, le zinc, entre autres.

En septembre 2010, le président congolais Joseph Kabila avait décidé de la suspension de l'exploitation minière dans les provinces du Nord-Kivu, du Sud-Kivu et du Maniema au motif que l'exploitation de ces minerais entretenait la guerre et l'insécurité dans cette partie de la RDC.

Pana 22/08/2011

8月27日 アフリカでフェイスブック加入者急増 Facebook : Facebook: african connection

Le samedi 27 août 2011
快晴。7時、20、5℃、45%。

朝5時、水が出るかどうか水道の蛇口をひねったが、断水は昨日から続いていたようだ。7時10分、ようやく回復。しかし、ちょろちょろ。18時半、帰宅すると、迸る勢いで水がでる。電気も水も、ここは気まぐれだ。

どうしてこう車のトラブルが続くのだろう。朝は順調にスタートした。Yさんのホテルに約束の時間、9時半の10分前に到着。ホテルの前に駐車した。さて、一緒に「青年村」に出かける段になって、エンジンがスタートしないのだ。バッテリーは十分充電されているはず。ところが周りに人が集まってきて、バッテリーを貸してやるから20ドル払えだのなんだの五月蝿い。運の悪いことにといよりは、僕の不注意なのだが、携帯を家で充電したまま忘れてきてしまった。誰の電話番号も頭にない。
Yさんには申し訳ないけれども、先ずはVodacomに徒歩で行き、インタネットの月極め料金を払い込み、次に、タクシ運転手のチッチさんをさがした。かれはバッテリーのケーブルをもっている。しかし、チッチさんは、顧客と空港に行くところで不都合。彼の仲間でケーブルをもっているという運転手とYさんのホテルへむかった。500円。エンジンはスタートしない。やはりバッテリーが問題ではなかった。そこで、シスタ・アスンタさんのところにタクシーを飛ばした。アスンタさんならアラン君の電話番号をもっている。アランは修理工イヴォン君に連絡がつく。しかし、結局イヴォン君が車をみにきてくれたのは12時過ぎであった。それから1時間。やっとエンジンがかかったときには思わず拍手した。原因はバッテリーからエンジンに行くケーブルの途中にあるプリヒータの接触不良。要は悪路を走るうちに、しっかりと差し込まれていなかったか、止められていなかった部分があたっということだ。エンジンを旧型にしたあとでの電気工事の不具合であろう。
それにしても人騒がせな故障である。アラン君の交通費、850円。イヴォン君工賃は15ドルを10ドルに負けてもらった。

このあと
「マゴネ」に行き、Yさんにサレジア会の活動の一環を説明し凡そを見学してもらった。さらにルブンバシ大学にとってかえして、学生数2万を越すマンモス大学の哀れな施設の現状を説明、過去に独裁者モブツによる虐殺のあった法学部周辺を周り、往時を偲んでもらった。

ホテルへの帰りにジャンボによって、ここのスーパをYさんにみていただいた。ホテルに送ってYさんと別れたが、外務省の安全情報とは違う「安全なルブンバシ」という印象をもって、ご帰国されることを祈る。ルブンバシに来ていただいてありがとうございました。一人でも多くの日本の方に当地に来ていただきたいのです。

さらに、キプシへの帰り道、燃料切れの警告ランプが点灯。スタンドをやり過ごして8kmほど行ったところだったが、引き返して燃料をいれた。ランプがついてもそのご20Lの余裕はあると思うが、スタンドはあってもキプシにはディーゼルがないことが多いので、用心のためである。明日、ガス欠なんてことに
なったら目もあてられない。警告ランプもあてにはもはやならない、

Facebookに加入するひとが急増したというのだ。今年初めにチュニジアから始まったアラブ民主化革命(革命というのは政治学的な意味ではあたらないと思う、民主化運動にメディアがつけた名前であるが)、この「革命」の際にインタネットのフェイスブックやツイッタが活躍した。とくにコンゴ盆地、RDCコンゴでは不フェイスブックの新規加入者が去年の倍以上である130%にも達しているという。これは単にフェイスブックがこ
こでも有名になったということではなくて、場合によって、たとえば11月28日の大統領選挙の行方によっては、僕らもブラック・アフリカのチュニジアになるぞという市民の意思の表れではないかと考えられる。

Facebook : african connection

Le nombre des Africains inscrits sur Facebook a doublé entre janvier et juin.
Avec plus de 32 millions d’utilisateurs, l’Afrique – et en particulier l’Égypte, avec 8 millions d’inscrits – est de plus en plus présente sur Facebook. Mais si le nombre des utilisateurs égyptiens a augmenté de 62 % entre janvier et juillet, c’est dans le bassin du Congo que la croissance de ce dernier semestre est la plus forte. La hausse a atteint 130 % en RDC, 124 % au Congo-Brazzaville, 127 % en Guinée Équatoriale et 113 % en Centrafrique. Ces quatre pays comptent aujourd’hui plus de 900 000 inscrits, contre 400 000 il y a six mois.
Pour spectaculaire qu’elle soit, cette croissance est à relativiser, lesdits États ayant un retard important à combler. Le taux de pénétration du réseau social y oscille en effet entre 1 % et 2 %, contre plus de 4 % au Sénégal (environ 570 000 utilisateurs) et 10 % en Égypte. Il n’empêche : ce chiffre devrait continuer à grimper. L’effervescence qui a gagné les réseaux sociaux lors des révolutions arabes a suscité un engouement qui a toutes les chances d’être soutenu par l’arrivée de la fibre optique via le Rwanda, à l’est, et le câble sous-marin dans le golfe de Guinée. Cette avancée technique devrait permettre une forte augmentation du taux de connexion de la sous-région, dont les habitants pourront alors à loisir venir grossir le nombre des Africains inscrits sur Facebook, qui a déjà doublé entre janvier et juin.

8月26日 世界貿易センタ World Trade Center


Le vendredi 26 août 2011
快晴、7時、19℃、40%。

朝外出前、水はちゃんと出ていたのに、19時に帰宅すると断水だった。それが21時になっても23時過ぎても断水が続いていた。

チーコちゃんは電気猫。空気が乾いていて静電気がおきやすい。僕の毛布は安いアクリル。チーコが毛布の上をころがるとパチパチッと電気がおきる。チーコちゃんはそれを気にしない。「君、電気ネコちゃんだよ」。

日本から写真家のYさんがリカシに来ている。『日本カタンガ協会』のホームページがサーヴァーの都合で見られない常態が続いているので僕への連絡方法がなかった。コメントを
ブログに戴いてはじめて同氏が今日ルブンバシに宿泊されることがわかった。

朝、イヴォン君のところでショック・アプソーバを取り外す作業をしているところにYさんから電話が入った。修理がいつまでかかるかわからない。先ず壊れた板バネを取り出してから、これをサンプルとしてケニア地区にアプソーバを買いにいくのである。
ケニアでぴたりのものはなかったが、幅と厚さの同じアプソーバを購入し、電気で切断したり、穿孔、取り付け金具の溶接などをした。アプソーバ、2200円、溶接400円。間違った溶接をあとで修正溶接、300円。手間賃20ドル。アプソーバを外すのも面倒だったが、再取り付けも面倒である。イヴォンも再取り付けに四苦八苦していた。結局9時半から始めて、作業が完了したのは15時半。

急いでYさんのホテルにむかった。お互いに自己紹介後、明日は「青年村」に行くことにして、今日はカラビア・ホテル、チョンベ・ビーチ(プラージュ)、州議会議事堂、国立博物館等市中巡りをした。


21時、ネットが切れた。契約期間が過ぎたということのようだ。予定では今日の24時だが致し方ない。こういうのだけは早い。明日月極めの60ドルを払い込もう。

世界貿易センタWTCがキンシャサに開設されるようだ。WTCというとニューヨークを思い出すが、直接は関係がなさそうだ。以下の記事ではこの組織の実態が不明である。調べてみても実はよくわからない。単に南アの会社と思われる。それにしては、大それた記事で、「投資環境が整っている」キンシャサがWTC開設のために選ばれたような印象を与える。RDCコンゴの投資環境が整備されているとは初耳である。経済大臣が首相に面接して、

WTC開設を報告しているのだから、益々ただ事ではないと思わせる。。しかし、「WTCアフリカ」は、南アのケープタウン、ヨハネスブルグ、またボツワナ、モザンビーク等々、主としてSADC加盟国に「WTC」を開設している。SADC\以外ではルワンダ、ブルンジにもある。アフリカとはいえ、西アフリカ諸国、北アフリカには全く進出していないのだから名前負けしている。
http://www.wtc.co.za/
(画像は未来のWTC、但しNY)。

Installation bientôt en RDC d'un World Trade Center

KINSHASA (Xinhua) - World Trade Center (WTC) va s' installer dans les tout prochains jours en RDC pour permettre au pays d'attirer des investissements et être en contact avec les hauts milieux d'affaires dans le monde, a dit à la presse le ministre congolais de l'Economie, M. Jean-Marie Bulambo Kilosho, à l'issue de l'audience que le Premier ministre Adolphe Muzito a accordée jeudi à Kinshasa à une délégation de WTC. Vendredi 26 août 2011
Le ministre Bulambo a indiqué à ce sujet que WTC a été attiré par le code des investissements de la RDC qui procure beaucoup d' avantages et de facilités au monde des affaires.

"C'est un projet très important", a-t-il ajouté, avant de préciser que sa matérialisation va booster l'économie congolaise par l'ouverture au monde de la RDC ainsi que par sa liaison à un réseau d'investisseurs de haute facture.

Pour sa part, le président de WTC Africa Initiative, M. Julius Steyn, a annoncé que WTC va apporter en RDC des richesses et créer des emplois.

"L'idée de base est de mettre la RDC au diapason de l'économie mondiale", a-t-il révélé.

Le début de l'exécution du projet n'est pas encore précisé, a dit M. Steyn qui a souligné que les discussions avec le gouvernement congolais avaient déjà commencé il y a six mois.

World Trade Center est un réseau d'affaires ayant pour objectif de favoriser les relations d'affaires entre les entreprises.21:00 2011-08-26

8月25日 モブツの息子が立候補 fils de Mobutu pour l'élection présidentielle


Le jeudi 25 août 2011
快晴。7時、20℃、40%。

今日は通常断水の曜日である。ところが昨夜、僕のジーンズが汚れているのを発見、また寒いのでパジャマ代わりに着ているジャージがこれまた酷く汚れているのを発見した。洗濯しなければ。ところが、今日が断水確率の高い日だと気がついた。どうするか。
朝5時に起きて、水の勢いを確かめて、シャワーのお湯をバケツにいれ、石鹸水にジーンズとジャージをつけた。6時半に再び起きて洗濯の続き。7時には庭に干すことができた。

予測を裏切って、今日断水はなかった。朝のうち水の出が細くなったことがあったけれども、夕方以降はとく
に高い水圧だった。まぁ、こんなこともあるということだ。

7時、車のバッテリーの調子をみる。機能は90km走っている。エンジンはなんなくかかった。今日はパンクの修理lを地元キプシでするか。

10時45分、パンクしたタイヤを修理のためキプシのプサロ(スーパー)の向かいの露天修理の店に行った。今まではもっと上手のやはり露天で修理していたが仕事が遅いので店を変えてみたのである。仕事をしていたのはここも子供、12歳くらい。隣家の息子と同じ名前のエリティエ君。仕事が速い。てきぱきと仕事をする。車輪を止めているボルトを一個壊してくれたが、多分昨日の素人が斜めに無理矢理ボルトを締めたのだろう。パンク修理300円。タイヤ交換100円。チップ50円。

モブツの息子ンザンガ・モブツが帰ってきた。大統領選挙に立候補。あの独裁者、ザイール時代を築いたモブツ・セセ・セコ Mobutu Sese Sekoの息子である。副首相兼雇用大臣を務めていたが、今年春雲隠れして、副首相を解任された。噂ではイタリアにいるというはなしだったが、大統領選挙が近づいてきて、故国にもどってきたのである。かれもまた分けの分からない人物の一人である。現カビラ大統領が当選した2006年の選挙では4,8%の票を獲得した。野党統一候補に賛同するのか、カビラ派に最終的にはのるのか、情勢判断をしているところだろう。

RDC : Mobutu de retour pour la présidentielle
Publié par La Rédaction, le 22 août 2011

La candidature de Nzanga Mobutu à l’élection présidentielle en République démocratique du Congo (RDC) signe le retour d’un poids lourd de la politique congolaise. Fils de l’ancien président Mobutu Sese Seso et leader de l’UDEMO, Nzanga Mobutu avait réalisé 4,8% des voix à la présidentielle de 2006 et obtenu une dizaine de député.

Capture d’écran 2011-08-21 à 14.22.30.pngAprès plusieurs mois de silence radio suite à sa révocation en tant que vice-Premier ministre chargé de l’Emploi, Nzanga Mobutu fait un come-back surprise sur l’échiquier congolais. En pleine campagne présidentielle, le fils de l’ancien président Mobutu Sese Seko, a été désigné candidat à la présidentielle du 28 novembre 2011, à l’issue de la convention de son parti, l’Union des démocrates mobutistes (UDEMO).

Nzanga Mobutu avait disparu pendant plusieurs mois de la scène politique congolaise. On le disait à l’étranger, en Italie. Son absence prolongée avait mené à sa révocation en mars 2011 par Joseph Kabila de son poste de vice-Premier ministre chargé de l’Emploi, du travail et de la prévoyance sociale. Depuis, l’UDEMO, son parti, a donc été contraint de quitter la coalition présidentielle formée avec l’AMP (Alliance pour la majorité présidentielle) et le Parti lumumbiste unifié (PALU) d’Antoine Gizenga. Soutien de Joseph Kabila en 2006, Nzanga Mobutu, a toujours été un fidèle allié du président congolais jusqu’à son « escapade » à l’étranger.

Candidat malheureux à l’élection présidentielle en 2006, Nzanga Mobutu avait tout de même obtenu 4,8% des voix au premier tour et une dizaine de députés aux législatives. Avec un tel parcours, Nzanga Mobutu aurait pu se mettre au service d’un candidat d’opposition. Mais pour son retour politique, Nzanga Mobutu, souhaite s’afficher en candidat « libre », et indique que son parti n’a pas signé d’alliances pré-électorales. Cette candidature inattendue de Nzanga Mobutu fait donc pour l’instant l’affaire de Joseph Kabila qui espère le maximum de candidatures « d’opposition » dans une élection présidentielle à un seul tour.

Christophe Rigaud

8月24日電力会社トップ交代 Le Comité de gestion de la SNEL limogé

Le mercredi 24 août 2011
快晴。7時、20℃、40%。

朝一番で車のバッテリー・テスト。一発でエンジンがかかった。こんどのバッテリーはよさそうだ。

ペンキ塗りが終わったキプシの我が家。縁取りをキプシ・カラー(緑)にした。ルブンバシは赤。外側だけは綺麗になった。客間を作った。日本からのお客様がみえたら、こんどは家に泊まっていただきたい。『日本カタンガ協会』会長キュング邸もいいが、うちにも泊まれる。ビジネス・トリップだけでなく、気候のいいカタンガ州である、数週間の静養にもむいていると思われるが、如何だろうか。


バッテリーはよかった。ところが、エアコンのファンがポジション4以外働かない。ルブンバシのついでに「青年村」のガレージに寄った。それが11時。3時になって、「配線がわからないから、また来て」。4時間も待たされた挙句の果てである。致し方ない。先週と同じ電気工がいなかったのだ。仕方ないから「孫ね」でサラダ菜を買って帰ることにあした。
それより以前、後輪右辺りから金属音がするのでp青年村」の機械工にみてもらったら、後輪のショック・アプソーバの板バネが2枚折れているとのことだ。キプシの悪路の所為か。その板バネをルブンバシで探したら「オト・ルブンバシ」を含む2軒のパーツショップで在庫なし。イヴォン君を呼び出して、金表日ケニア地区に一緒に探しに行くことになった。これだけで、続く問題に嫌気が差しているところ、極めつけは夕暮れにさしかかるキプシの入り口付近で後輪左がパンクしたのだ。幸か不幸か人家がちかく、すわ、アルバイトのチャンスとばからい若い男が飛んで来てタイヤ交換を手伝ってくれた。さらに余計なのがもう一人やってきて手をだしてきた。まだ真っ暗になる前だったから助かった。

国営電力会社Snelのトップが交代させられた。既報インガ・ダム発電激減の責任を問われた。ダムおよび発電所のメンテが出来なかった理由は、忘れていたわけではなく、金がなかっただけなのだが、Snelの経営体質も非難されている。いわく、郷土主義(同じ民族、同じ郷土出身者の優遇)、腐敗(まっとうな電力料金請求をせず、電力供給を続ける)等々。しかし、キプシでもそうだが、最近Snelの請求は厳しく、料金未払いだと直ぐに電気をきってしまう、しかも、その相手が国営企業でも軍のお偉いさんでも優遇せず「公平に」切るときいている。それには監督省大臣の支えがあるらしい。ともかく、これまで未払いの会社、軍人が多すぎたのだ。大臣だから、将官だからといって特別扱いをしていたら、会社はなりたたない。ルブンバシのホテル「カラビア」がそうだった。政府役人が来て利用しては料金を踏み倒していた。役人は役所が払うといって飲み食い宿泊を重ねていたのだ。今は、南アの会社に経営をまかせ、宿泊料金は前払い。Snelが新体制で体質改善ができるかどうか、これからが勝負であるが、本省や大統領の継続的支持・支援が必要だろう。腐敗を根絶しようとして、高級将校から消されてしまった国営企業の地方責任者もいるのだから。

RDC: Le Comité de gestion de la SNEL limogé, une décision tardivejavascript:void(0)
Publié par La Rédaction, le 22 août 2011

La corruption, la politisation, le tribalisme et le clientélisme sont autant de maux qui rongent la SNEL et qui font qu’elle ne soit pas à même de fournir de l’électricité aux Congolais. Ces maux, pratique courante dans cette entreprise, ont fait mourir tout un éléphant. Il fallait donc frapper plutôt, surtout que gouverner, c’est prévoir.

* Le problème qui se pose à Inga n’est pas dû à l’étiage du fleuve, mais plutôt au manque de dragage du canal d’amenée pendant plus de 3 ans. Et la solution à ce problème ne sera pas trouvée par le retour de dame la pluie, mais plutôt avec un dragage intensif. La SNEL doit donc cesser de sacrifier toute une nation pour des intérêts égoïstes de quelques individus.

* Les Congolais exigent les comptes et veulent savoir pourquoi avoir attendu trop longtemps pour frapper, pendant que la situation ne faisait que s’empirer. La conséquence est simple : le réseau sud (Katanga), avec tous les besoins des miniers, n’a plus aucun apport en énergie d’Inga et est obligé d’importer 130 MW du réseau zambien.

C’est depuis samedi dernier que le Chef de l’Etat Joseph Kabila Kabange a démis le comité de gestion de la Société nationale d’électricité, jadis dirigé par Daniel Yengo Massampu. Cela, à cause de beaucoup de manquements leur reprochés. Comme si cela ne suffisait pas, c’est aux méthodes du régime de la deuxième République, que l’ancien comité de gestion de la SNEL s’était inspiré pour gérer.
(以下略)

25 août 2011

8月23日 コレラ Choléra

Le mardi 23 août 2011
快晴。7時、20℃、47.5%。

11時から断水。20時半、水が出始めた。

家の外壁のペンキ塗りにもう1週間以上を費やしている。料金は同じなのだから
早く終えればいいいのに。労賃の採算などは考えていないようだ。それでもやっと今日作業を終えそうだ。

チーコちゃんとマーゴちゃんのビスケットが底をついてきた。いつもは余裕をもって買っているのに。ごめんね。明日、ルブンバシに行かざるをえないな。車のバッテリーが上がっていないことを祈ろう。

コレラが流行っている。といってもカタンガ州(州都ルブンバシ)のことではない。カタンガ州は今が一年で一番寒い季節である。寒いとはいえ、外でも15度以下になることはないだろう。今年のコレラはオリエンタル州の州都キサンガニから始まった。3月のことだ。これまでに5100人以上が発病、300人以上が死亡した。コンゴ河にそって、オリエンタル州、赤道州、バンドンド州、キンシャサと上流から下流へとコレラは
伝わっていった。

コレラは清潔にしていさえすれば怖い病気ではない。生水を飲まず、水は沸かす。手を石鹸でよく洗う。そんな簡単なことで予防できる。しかし、これが、RDCコンゴでは難しいことがある。また罹患したからといって簡単に死ぬ病気でもない。しかし、死者がこの国で多いのは、医療施設と医薬不足の問題である。

RDC: plus de 300 morts dans l'épidémie de choléra
Une épidémie d
e choléra a fait 301 morts, sur un total de 5.171 personnes touchées, dans quatre provinces de la République démocratique du Congo (RDC), a annoncé le bureau de coordination des affaires humanitaires de l'ONU (OCHA).

Ces décès ont été enregistrés dans les provinces de Bandundu (ouest) avec 101 personnes décédées, de l'Equateur (nord-ouest) avec 90 personnes et la province Orientale (nord-est) avec 82 morts, alors que 25 personnes ont perdu la vie dans la capitale Kinshasa à cause de la maladie, a précisé jeudi l'agence onusienne.

Sel
on OCHA, la mobilisation des partenaires humanitaires, en appui au ministère congolais de la Santé, se poursuit à travers les c

entres et unités de traitement de choléra dans les quatre provinces touchées par l'épidémie.

Le précédent bilan, datant du 10 août, faisait état de 5.088 cas, dont 296 décès. Le gouvernement congolais et ses partenaires poursuivent également des campagnes de sensibilisation aux mesures d'hygiène.
L'épidémie de choléra a commencé en mars à Kisangani, chef-lieu de la province Orientale, avant de se propager à l'ouest, le long du fleuve Congo.

Le choléra est une maladie intestinale hautement contagieuse favorisée par une mauvaise hygiène et l'absorption d'eau contaminée. (belga)

8月22日アメリカのプレゼンス présence américaine en Afrique

Le lundi 22 août 2011
快晴。19℃、45%。

Boschがバッテリーを交換してくれると先週いっていたので、9時にキプシを出てBoschに向かった。電気技師ギGuyさんが会計に話し、かれがまた在庫管理責任者パスカルさん(ベルギー人)の許可を得て、新しい別のバッテリーとこうかんされることになった。Boschルブンバシ」のオーナーはギリシャ人。メカの責任者はイタリア人。要所にヨーロッパ人が配置されている。

リビアの首都トリポリが陥落というニュース。西欧の力の支配が露わになっている2011年である。アラブの自主的民主化革命とは違う。欧米の論理の強引な強制に見える。
1960年代、アメリカはベトナム戦争を始め、北爆も繰返した。ベトナム戦争は北ベトナムの共産主義南下を阻止するための戦争だった。ソ連とアメリカの代理戦争でもあった。アメリカはこの戦争に負けた。国際世論だけでなく、国内から戦争が続けられなくなっていった。ベトナムは南北が統一され、サイゴンはホーチミンヴィルとなった。そしてベトナムの敵国アメリカは、ベトナムのドイモイ政策の進展から、最大の貿易相手国、友好国となっている。
さてリビアの場合は、民主化支援ということだが、ベンガジの反政府軍が民主的である保証は全くない。イラクのサダム・フセインを悪者にしたアメリカである、フセインは隣国を侵略したが、カダフィはイスラム勢力を応援しているが、アンチ・アルカイダである。カダフィの言葉は戦闘的だが、アラブの常であって、言っていることと実際の行動は違う。確かに近代的民主主義とは程遠い政治でリビアを「指導」してきた。しかし、内政不干渉ではないのか。アメリカや西欧はリビアに経済的援助をしていたわけではない。リビアは産油国として常に金持ちの国だった。金も出すが口も出すという援助国には無縁の国だったではないか。チニジア、エジプトに始まった今年の民主化運動は、コート・ジボワールへの軍事介入、さらにリビアの空爆で変質してきている。
西欧の民主主義にユニヴァーサルな価値があるとは思うが、では、ジンバブエの独裁者ムガベはどうするのだろうが、ルワンダで恐怖政治を敷いているカガメは、赤道ギニアのオビアングは、ウガンダのムセヴェニ等々もカダフィ同様に追い詰めるのか。
それより前に、シリアはどう扱うのか。イエーメンは?
さらには、アジアの北朝鮮も空爆するのか。中国は共産党の一党独裁ではないのか。
欧米の二枚舌、ダブル・スタンダードが露骨になってきている2011年夏である。


以下の記事に出てくるAfricomとは英語でUnited States Africa Command(記事中ではフランス語でCommandement militaire américain pour l’Afrique)の略称である。ドイツにある米軍基地にHQを置く、アフリカ向けの米軍の組織である。ホーム・ページもある。
http://www.africom.mil/
リビアのNato軍による空爆に勿論Africomが参加している。

このAfricomの
トップがハム将軍。彼が初めて8月17日RDCコンゴを公式訪問した。
アメリカはRDCコンゴで直接戦闘に参加しているわけではない。軍事情報の交換とコンゴ国軍(FARDC)の訓練・教育である。

日本はUnified Combattant Commandの地域組織でいくとUSPACOM(またはPACOM)の管轄に含まれている。Africomは2008年からactiveであるにすぎないが、こちらPacomは1947年からactiveだ。

Première visite en RDC du nouveau commandant d’Africom, le commandement militaire américain pour l’Afrique
Kinshasa, 19/08/2011 / Politique
La coopération militaire RDC-USA se consolide au jour le jour tel que l’atteste la première visite qu’effectue actuellement au Congo démocratique le général américain Carter F. Ham, nouveau commandant d’Africom, le commandement militaire américain pour l’Afrique
Le commandant du Commandement militaire américain pour l’Afrique (AFRICOM) séjourne à Kinshasa depuis mercredi 17 août. Propulsé à la tête de cette structure le 9 mars 2011, le Général Carter F. Ham effectue sa toute première visite en République démocratique du Congo.

Le commandant d’Africom mettra à profit son séjour pour rencontrer l’Ambassadeur des Etats-Unis, James F. Entwistte, et son équipe, de même que de hauts représentants du gouvernement congolais. Il s’entretiendra particulièrement avec des représentants du Ministère congolais de la Défense et des Forces Armées de la RDC (FARDC).

Cette visite offre au Général Ham l’opportunité de s’informer directement auprès des leaders congolais, afin de mieux comprendre leurs problèmes sécuritaires et de défense. Le commandant d’Africom aura aussi à s’entretenir avec de hauts responsables de la Mission des Nations Unies en République démocratique du Congo (MONUSCO).

La Réforme du secteur de la sécurité et la professionnalisation des FARDC sont les domaines principaux sur lesquels est axés l’engagement d’Africom en RDC. A la demande du Gouvernement Congolais, le commandement militaire américain pour l’Afrique prend part à des engagements militaro-militaires avec l’armée congolaise.
En septembre 2010, rappelle un communiqué de presse de l’ambassade des Etats-Unis en RDC Africom a achevé une mission de huit mois de formation et d’équipement des forces armées congolaises qui s’est soldée par la mise sur pied d’un bataillon d’infanterie légère à Camp Base, dans la périphérie de Kisangani. Un module sur la violence sexuelle basée sur le genre était également incorporé dans la formation du bataillon.

Coordination des opérations militaires

L’armée américaine a aussi conduit deux exercices militaires à Kinshasa dénommés MEDFLAG 10 et MEDLITE 11. Ces exercices conjoints ont amélioré la capacité des Etats-Unis et de la RDC à répondre aux urgences médicales et ont débouché sur un partenariat et une relation avec le corps médical militaire congolais.

Africom est, pour le moment, résolu à s’investir dans des engagements continus et soutenus avec ses partenaires africains. Des visites telles que celle du Général Ham permettent de s’assurer de la bonne coordination des opérations militaires.

AFRICOM travaille les nations africaines et la communauté internationale pour promouvoir l’établissement d’armées professionnelles conçu comme une approche efficace pour Instaurer la stabilité et favoriser l’émergence du développement.

Yves Kalikat/Forum des As

8月21日bis 連絡先 me contacter

『日本カタンガ協会』のHPが見られないようです。今、サーヴァーに連絡中です。

僕への連絡は、
1 メイル
tanabe.yoshiharu@ gmail.com
迷惑メイル回避のためアットマークの後ろに
スペースをいれています。このスペースをとって
メイルアドレスを作成してご連絡ください。

2 電話
+243 99 771 0008
airtelの番号です。

よろしくおねがいいたします。
田邊

8月21日ケニア・スタジアム stade de la Kenya, Lubumbashi

Le dimanche 21 août 2011
快晴。7時、19℃、40%。

6時20分、停電。7時に起床したときには断水。昼食を石油コンロで用意し終わったときに回復。13時10分であった。さらに19時20分に停電。これは5分間であった。水は21時50分に回復。それから皿洗い。40分間。疲れちゃった。

ケニア地区にスタジアムがある。サッカーの試合もここで行われる。サッカーの大好きなC君を誘った。今日は、「TPマゼンベ」と「ドン・ボスコ」の第2試合だ。世界の「マゼンベ」については何回かこのブログで言及した。しかし、実をいうと、「マゼンベ」の試合を実際に見るのは今日が始めてだ。ドン・ボスコは前回4-0で敗れている。このチームはサレジア会(カトリック教会)の運営である。教会だからといって驚くことはない。天下の「マゼンベ」もベルギー統治時代に遡るが、創始者は教会である。
スタジアムには駐車場が付設されている。駐車料金300円。席は太陽がささない影で、メイン・スタンドが1500円(tribune d’honneur)。僕はこの上等な席をとった。向かい側の一般席は100円。企業の広告のうち日本は「Yamaha」だけ。これはインド系商社Beltexco社がYamahaのバイク等を輸入しており、ルブンバシにも店を出しているからだ。今日の試合は「Vodacomスーパ・リーグ戦」とある。この携帯会社の宣伝がやたらと多い。電光掲示板が小さすぎてよく見えない。出場選手の名前などもわからない。
警備の警官が異常に多い。彼らが観衆に混じって観戦している。
試合は一方的であった。「マゼンベ」が圧倒的に強い。選手の体格も違うが、技術も数段上。「マゼンベ」のトレゾール(Tresor)選手が1年間の出場停止があけてスターティング・メンバで登場してきていた。人気抜群だった。パスを失敗しても愛嬌になってしまうのだ。
試合は15時半丁度に予定通り開始。コンゴ時間で30分や1時間遅れるのかと思ったら大間違いだった。

8月20日アルベール湖の原油 pétrole du lac Albert 

Le samedi 20 août 2011
快晴。7時、18℃、40%。

RDCコンゴの東北部、ウガンダとの国境のアルベール湖で原油が出ることは既に書いた。このほど9月から埋蔵量の確定調査がはじまることになった。

ところが、僕の調査甘いのか調査主体であるOil of DR Congoなる会社の実態がよくつかめない。記事の中では既成事実としてこの会社名がでてくるが、唐突な印象を受けるくらい知られていない会社である。僕の推量では大統領に近い筋(D.G.氏)の会社かと思われる。

Pétrole : Oil of DR Congo annonce la campagne sismique des blocs 1 et 2 du Graben Albertine
août 20, 2011, sous Économie, Ituri.

– Le point A en rouge, la cité de Kasenyi dans le district de l’Ituri (Province Orientale, RDC).
La compagnie pétrolière Oil of DRC va bientôt amorcer la campagne sismique dans les deux blocs pétroliers acquis il y a une année par ses partenaires Caprikat et Foxwhelp, dans le Graben Albertine. Les responsables de cette compagnie l’ont annoncé vendredi 19 août à Bunia, en Ituri, au cours d’un entretien avec les autorités politico administratives du district, des territoires et des chefferies que traversent les blocs pétroliers 1 et 2 dans le lac Albert.
Objectif de la campagne : se faire une idée exacte du volume du gisement pétrolier à exploiter.
Selon Giovani Pedaci, manager de Oil of DRC, la campagne sismique de son entreprise dans les eaux du lac Albert débute en septembre 2011. Elle va durer au moins 18 mois et coûtera 2 millions 700 mille dollars américains.
Son objectif est de confirmer la présence des réserves des hydrocarbures souterraines dans les deux blocs. Ce qui déterminera les décisions sur l’intérêt et l’emplacement du forage dans les mois à venir.
Shabir Lusangi, responsable local de Oil of DRC a indiqué que son entreprise a versé un million de dollars américains au trésor public. Ce fonds est une contribution de cette entreprise aux travaux de réhabilitation de la centrale hydroélectrique de Budana, a-t-il précisé.
Quant à la réhabilitation des axes routiers Bunia-Komanda et Bunia-Kasenyi, Oil of DRC ne pourra pas réaliser sa promesse avant 2015 (année retenue pour l’extraction du premier baril de pétrole), en raison de la révision de son calendrier.

8月19日インガ・ダム渇水危機 Le barrage hydroélectrique d’Inga en danger

Le vendredi 19 août 2011
快晴。7時、18℃、42,5%。

11時、断水。夕方帰宅したが、水は来ていなかった。20時、回復。

昼、車のドアを開けようとしたら、バッテリーが上がっていた。昨日確かに午後開けておいた窓を閉めたときには正常だったのに。昨日は走っていない。何が原因なのだろう。
おかげで予定にない行動をとらねばならない。ルブンバシのBoschまでチェックに行った。どこかでショートしていて電流が流れてしまうのではないと電気技師はいう。では何故?今日は充電して、来週新しいバッテ
リーと変えてくれるというのだ。つまり言下にバッテリーに問題があることを認めているのだ。

インガ・ダムについて6月11日に触れた。コンゴ河の潜在発電可能電力についても書いた。ところが、なんと今月に入って6メータも水位が下がってしまった。ダムのあるのはキンシャサの西のバ・コンゴ州。カタンガ州とは気候がまるでちがう。通常であれば、9月には雨季に入る。しかし、コンゴ河の水源はバ・コンゴ州から遥かに遠い2000kmどころではない、数千キロ離れている。途中密林地帯も通ってきている。
記事をよく読んでみると、上流の気候変化ではないらしい。ダムのメンテナンスの問題だ。砂が溜まってしまって、水はオーバー・フローして発電に使用されずに流されてしまう。これまたRDCコンゴの病のようだ。発電用の入水口まで砂が上ってきてしまった。人災である。

RDC: Le barrage hydroélectrique d’Inga en danger !

Ces derniers jours, les eaux du fleuve Congo au niveau du barrage hydroélectrique d’Inga viennent de connaître une baisse sensible de six mètres. Les turbines sont à nues et sont en contact avec du sable. En gros plan, c’est à 90 % que ce marasme vient de se produire au niveau de ce barrage.

A cet effet, les autorités de la société nationale d’électricité (SNEL) et des experts ne peuvent pas se contenter seulement du retour, en septembre prochain, de la saison pluvieuse quand on connaît bien l’état déplorable de la situation eu égard aux rapports de la Mételsat, une entreprise publique chargée des calculs du temps laquelle avait, depuis l’année passée, prévenu cette situation aux conséquences que l’on sait aujourd’hui. A tout dire, ce n’est pas du tout normal. Cela confirme noir sur blanc une défaillance totale de la part de tous les acteurs de ce secteur.

Il ne serait pas vain de dire que même les élections pourraient subir les méfaits de cette défaillance quand on sait que tous les travaux y afférents ne peuvent bien se faire que grâce à l’usage électrique. D’ailleurs, on se souviendra de mille et un problèmes connus lors de l’enrôlement avec l’usage des groupes électrogènes visiblement d’occasion. Outre ce malheureux constat, l’économie de notre pays risque également d’en souffrir. Les observateurs avertis ne sont pas d’accord avec tous les travaux manifestement improvisés qui s’opèrent intempestivement à Inga où un dernier effort est engagé dans le dragage afin de, s’il faut le dire, sauver ce qui peut l’être. Il y a nécessité de prendre des mesures qui conviennent pour éviter de connaître demain une situation semblable.

8月18日 テンケ・フングルーメ TFM Tenke Fungurume Mining

Le jeudi 18 août 2011
快晴。7時、18℃、50%。

いつもの木曜日のように朝11時から断水。19時半回復。今日は朝のうちにバスタブに水をたっぷり溜めた。しかし、殆どこの水を使わなかった。

16時半、停電。午前中にもごく短い停電があった。こんどはどの程度か。17時半、回復。20時半、またまた停電。今日はどういうことなんだろう。やっとブログ更新の時間ができて、今月4日から12日まで更新したというのに。21時半、回復。

テンケ・フングルーメ・マイニング(TFM)はDRCコンゴ最大の銅・コバルト高山会社である。勿論カタンガ州にある。米国のフリーポートFreeport McMoranとカナダのランディンLundin MiningおよびRDCのジェカミン社の合弁事業。

コンゴにおけるテンケの総投資額が20億ドルに達しているそうだ。2006年以来コンゴ政府に払った税金その他の負担金は2億5500万ドル。これは利益の半分にあたるという。雇用は4900人。道路、学校、病院、農場を建設、運営している。近未来の年間生産目標は銅11万5000トン、コバルト8000トン。鉱山はまさにテンケ・フングルーメ地区にあり、ルブンバシから北西に180キロ。
日本もこれぐらいの規模の鉱山をRDCで開発して欲しいものである。

2 milliards de dollars USD : coût total des investissements de Tenke Fungurume Mining en RDC

La société minière Tenke Fungurume Mining (TFM) a investi plus de deux milliards de dollars américains dans le secteur d’exploitation du cuivre et du cobalt dans la province du Katanga, a révélé le chargé des relations extérieures de cette société, André Kapanga vendredi à la FIKIN à l’occasion de la journée minière.
Il a indiqué que 50% des bénéfices réalisés par sa société restent en RDC à travers les taxes, redevances et dividendes, précisant aussi que TFM a payé plus de 255 millions de dollars américains en termes de taxes, droits et autres paiements au gouvernement congolais depuis le début de ses activités en 2006.

M. Kapanga a par ailleurs déclaré que la société TFM constitue une source vitale de revenus pour le développement de la RDC en considérant son apport sur le plan économique et social.
TFM a-t-il poursuivi, a arrêté une série de stratégies de développement social à travers la création d’emplois, la construction des écoles, des hôpitaux, des fontaines d’eau potable pour l’amélioration du bien-être de la population. Il octroie également des crédits aux agriculteurs locaux pour leur permettre d’acheter des engrais et diverses semences afin d’augmenter le rendement de leur récolte.
Selon lui, TFM compte environ 2.900 employés permanents et 2000 employés contractants dont 98% des Congolais. S’ agissant de la production, M. Kapanga a indiqué que son entreprise qui produit des cathodes de cuivre et d’hydroxyde de cobalt est axée sur l’extraction et le traitement desdits minerais dont les réserves sont évaluées à environ 119 millions de tonnes à teneur moyenne de 2,6% pour le cuivre et 0,4% pour le cobalt avec une prévision de production annuelle de 115 mille tonnes de cuivre et 8 mille tonnes de cobalt.

TFM s’est fixé pour objectif de développer pendant une période de 5 à 7 ans une exploitation de classe mondiale capable d’atteindre une production annuelle de 400 mille tonnes à un coût satisfaisant, a-t-il encore renchéri. On précise enfin que TFM est implanté à 180 km au nord-ouest de Lubumbashi, chef-lieu de la province du Katanga, dans une concession d’environ 1600 km carrés.
Le vendredi 19 août 2011

8月17日 在スイス弁護士オコンゴ、大統領選出馬 Avocat en suisse Me Okongo se présente comme candidat prédentiel

Le mercredi 17 août 2011
快晴。6時半、18℃、40%。

先日、中国人の店にお米がなかった。そこで臨時にエジプト米をジャンボ・マートで買った。イタリア米もスペイン米もなかったからである。見た目はエジプト米もイタリア米と変わらない。ナイルの米かと思うと特別に美味い米ではないかという気がしてくる。味は「不通の米」であった。

「青年村」のガレージで車のエアコンを直した。通常、カタンガ州ではエアコンがいらない。ただ、乾季の悪路で、土埃がもうもうと立ち込めるときに窓を閉切った状態では暑すぎる場合がある。そんな時、エアコンがあると助かる。来月あたりから暑くなるだろうから、エアコンを直しておきたかったのである。
先月のオーバーヒート以前から、エアコンの調子がおかしかった。冷気が出たり出なかったり不規則だった。今日、サーモスタットが壊れていることが判明した。エアコンにもサーモスタットがあったとは。そこで、手動でスイッチのオン・オフをすればいいではないかと提案。サーモスタット回路を回避して、直接手動でエアコンを入れたり切ったりできるようにしてもらった。この改造がかなり大変だった。それでも「青年村」の電気技師は、アシスタントを指導しながら改造を完成させた。11時からスタートして14時半まで昼もろくに食事をしないで作業をしてくれた。請求書の額はいかほどかと、おそれたが、ディユドネ神父さんの診断は20ドルであった。World Visionを初めMSFやUNの車も修理している。巨大NPO法人向けと個人負担の修理とでは額がちがうようだ。有難い。
ガレージの技術は、ここ「青年村」と、やはりサレジア会の「サラマ」高専がトップだろう。


またまた分けのわからない大統領候補が現れた。今度はスイスからである。ローザンヌ在住の弁護士オコンゴMichel Okongo Lomena氏。これまで政治活動をしてきたとも思えない。民主主義を標榜す
るRDCコンゴであるから、誰でも国籍や年齢などの最低条件を満たせば選挙にでることができる。しかし、それにしてもオコンゴ氏の真意をはかりかねる。
(画像はオコンゴ氏、まじめな様子ではある)。

Avocat en suisse, se réclamant de l'opposition, un Congolais de Lausanne rêve d'être président de la RDC

Sur la liste des présidentiables de l'Opposition, il faut désormais ajouter un nom de plus : Michel Okongo Lomena. Président national de l'Unité des valeurs dit « Mopepe ya sika », cet avocat établi en Suisse entend briguer la magistrature suprême de la RDC. Son parti, a-t-il indiqué au cours d'une conférence de presse, vient à peine de recevoir son agrément, même s'il a été créé à Lausanne en Suisse il y a trois ans. « Je ne suis pas celui qui se présente avec une baguette magique, mais je viens inviter le peuple à se lever parce que le monde est devenu dangereux », indique Michel Okongo.

Après une vingtaine d'années passées en Suisse, ce Congolais de Lausanne rêve ainsi de devenir président de la RDC. Son parti, souligne-t-il, est traditionnellement dans le camp de l'Opposition. Toutefois, cet ancien de l'UDPS souscrit à la démarche d'une candidature, non pas unique, mais commune à la présidentielle 2011. Car, soutient-il, « on ne doit pas marcher à reculons avec un seul chef. Nous sommes tous des Congolais, il faut se retrouver avec les autres pour une candidature commune ».

Dans le programme politique de l'Unité des valeurs, on retrouve cinq priorités : restaurer la sécurité pour protéger les frontières de la Rd Congo, améliorer le bien-être social des Congolais, améliorer les conditions de travail, relancer la croissance économique et réhabiliter le passé du Congolais.
Mais, au-delà du discours, qu'apporte réellement Michel Okongo ? « J'apporte ma part, ma contribution avec une autre connotation, un autre slogan », répond le président national de l' « UV ». En fait de slogan, le Congolais de Lausanne confie : « Le peuple doit cesser d'avoir peur, la peur doit changer de camp ».

Les moyens pour concrétiser ses ambitions, l'ancien représentant de l'UDPS en Suisse prétend les avoir. Mais, en a-t-il suffisamment pour briguer la magistrature suprême de la RDC ? A quelques trois mois des élections, peut-il battre campagne sur l'ensemble de la RDC avec un parti timidement implanté jusqu'ici ? Autant donc de questions et de zones d'ombre. Mais, Me Okongo se vante d'être dans les rouages de grandes sphères politiques, d'avoir cotoyé de grands hommes politiques, d'avoir pris part à plusieurs conférences sur le Congo à travers le monde.

S'agit-il d'une candidature réelle à la magistrature suprême ou simplement d'une stratégie pour mieux se positionner sur la scène politique ? La question reste posée.

M.M.
Kinshasa, 15/08/2011 (Forum des As, via mediacongo.net)

19 août 2011

8月16日 アルベール湖の漁民 pécheurs du lac Albert


Le mardi 16 août 2011
快晴。7時、19℃、40%。

キプシの家々のシンポル・カラーは白と緑だ。ルブンバシは白と赤。白ペンキを追加で2缶、緑をやはり2缶ルブンバシで購入。最初の店には緑がなかった。その隣の店で緑を調達したのだが、価格が一缶あたり3000フラン(300円)安い。ペンキの価格がこうも違うとは思わなかった。同じメーカの製品だというのに。色によって価格が変わることはないそうだ。ちょっと騙された感じがしたので、最初の店に戻って文句をつけた。別に金を返せというのではない。20%も値段が違うのは不合理であると言っただけである。

車のエアコン修理のために「マゴネ」に出かけた。時間通りにアンドレさん(庭師アンドレとは違うアンドレ)は来ていた。しかし、この自称エアコン専門家、まるでロジックがない。結局は「マゴネ」のとなりの「青年村」のガレージに行くことになった。車の電気系統をまるでアンドレさんは知らないのだ。「青年村」は「マゴネ」と同じサレジア会の運営。なかにメカ養成所がある。木工所は行ったことがあるが、自動車修理部門は初めて。なかなかの施設である。工場が閉まる寸前だったので、明日朝出直すことになったが、ヒューズ類を調べて、臨時配線をしてエアコンがきくことをつきとめてしまった。

20時、10分間ほど停電。

RDCコンゴ北東部オリエンタル州はウガンダと国境を接している。両国に跨るアルベール湖で漁をしていたコンゴ人24名がウガンダの警察につかまった(8月14日)。越境して漁をしていただけでなく、違法な魚網を使用していたというのである。これより5日ほど前、コンゴ警察がウガンダの漁民4名を同様の理由で逮捕しているが、漁民は既に釈放した。従ってウガンダ側の報復措置とみられている。
こんな小競り合いが大きな戦争に発展することもある。速やかに政治的解決を図るように両国とも努力して欲しい。

24 pêcheurs congolais arrêtés sur les eaux territoriales ougandaises

Vingt-quatre pêcheurs congolais ont été arrêtés, dimanche 14 août, dans les eaux territoriales ougandaises sur le lac Albert à proximité du village de Kasenyi dans la collectivité de Bahema Sud situé à plus de 55 kilomètres au sud de Bunia dans la Province Orientale. Ils sont détenus au village Katanga en Ouganda.
Des sources sur place renseignent qu’ils ont été appréhendés par les services ougandais de sécurisation du lac alors qu’ils pêchaient.
Selon un membre du comité de pêcheurs de Kasenyi, ces pêcheurs congolais sont accusés d’avoir violé les eaux territoriales ougandaises et d’avoir utilisé des filets à mailles prohibées dans leurs zones.
Il indique que tous leurs matériels de pêche ont été saisis. Il s’agit notamment de deux filets sains communément appelés «Ndia», quatre barques, deux moteurs hors bord et plus d’une tonne de poissons frais.
Pour le chef de collectivité de Bahema Sud, il s’agit d’un règlement de compte. Il rapporte que la police congolaise avait arrêté et relâché cinq jours plus tôt quatre pêcheurs ougandais pour les mêmes griefs. Une trentaine de leurs filets saisis n’ont pas été restitués.

8月15日 SADC自由貿易圏 zone de libre-échange de la SADC


Le lundi 15 août 2011
薄曇。7時、19℃、42.5%。
日本では敗戦記念日。、また、カトリックでは聖母マリア被昇天祝日。

ピーナツ入りのゴッフルを作ってみた。コンゴの家庭ではピーナツをすり潰してソースを作る。これで野菜をあえたり、ステーキのソースにする。

家の外
の壁を塗り始めた。今日で3日目。先ず下塗りとして石灰を塗る。庭師アンドレの紹介したペンキ職人。建具屋セバスチャンがペンキも塗るということだったが、約束の日に着なかったので、キャンセルした。この職人の見積りもいい加減だ。初め100ドルだといっていた。角の家のペンキ塗りを60ドルで引き受けていたことを知っているから、「50だ」というと、あっさり「それでいい」ときた。

部アフリカ開発共同体(SADC)。1992年に創設したときのメンバーはアンゴラ、ボツワナ、レソト、マラウィ、モザンビーク、ナミビア、スワジーランド、タンザニア、ザンビアの9カ国。南アは創設メンバーに入って
いない。南アがこの共同体に加盟したのは1994年である。その後マダガスカル、モリス、セイシェルそしてRDCコンゴが加盟した。RDCの加盟は1998年。参加国合計は15カ国。アンゴラ、RDC、セイシェルの3カ国を除いて、いまや自由貿易圏を形成するようになっている。セイシェルは最近自由貿易圏加入を申請した。残るはアンゴラとRDCコンゴ。アンゴラはまもなく自由貿易圏に入りそうである。RDCはアンゴラの動向を見ながら判断するだろう。カタンガ州にとっては、キンシャサよりも遥かにSADCメンバー諸国と繋がりが深く、それだけメリットも大きい。
SADCのプログラムでは2008年までに自由貿易圏形成、2010年までに関税同盟、2015年には共同市場、2016年の通貨同盟、そしてついには2018年にEU同様の統一通貨まで至るとなっている。市場規模が大きいアンゴラとRDCコンゴの積極的参加は最重要課題である。今年8月からRDCコンゴはSADCの議長国である(12ヶ月)。この期間に大統領選挙があるが、カビラが当選した場合、来年春にも自由貿易圏参加が行われるのではないか。
以下の記事はアンゴラの首都ルアンダ発のものである。
Luanda
La SADC travaille à rejoindre ses membres au protocole de libre-échange

Luanda - Les structures de l'organisation régionale travaillent pour que les 15 pays membres de la Communauté intègrent la Zone de libre-échange, a déclaré samedi, à Luanda, le secrétaire-adjoint à l'intégration régionale de la Communauté de Développement de l'Afrique australe (SADC), l'Angolais Joao Caholo,

"Sur les 15 pays de la SADC, 12 sont déjà dans la zone de libre-échange,seuls l'Angola, la RD Congo et les Seychelles n'ont pas encore adhéré au Protocole", at-il souligné, ajoutant qu'en juillet, ils ont reçu du gouvernement des Seychelles une demande de rejoindre la zone de libre-échange.

Se confiant à la presse au terme de la réunion d'experts de l'organisation ouverte depuis jeudi, pour préparer l'ordre du jour, João Caholo a dit que les ministres soumettraient au Sommet des Chefs d'Etat, et que pour l'Angola, le Secrétaire exécutif de la SADC a séjourné à Luanda pour aborder avec le gouvernement angolais, les conditions de son admission au protocole sur le Commerce.

Selon lui, il y a un engagement du Gouvernement angolais et une volonté de travailler avec l'organisation pour que l'Angola puisse, dans un bref délai, intégrer la zone de libre-échange de la SADC.

"Par conséquent, nous pouvons dire qu'un travail est en cours et nous espérons que bientôt le gouvernement puisse exprimer sa volonté de soumettre sa proposition de rejoindre le protocole sur le commerce" a précisé João Caholo.

Quant à l'adhésion de la République démocratique du Congo au protocole de zone de libre-échange, le secrétaire a dit avoir des signes de progrès et qu'il serait bon que l'Angola et la RDC fassent partie de la zone de libre-échange, en tenant compte de leur capacité de consommation, comme marché et nombre de consommateurs que regorge chacun des deux pays.

8月14日 国家試験「エグゼタ」 Exétat, baccalauréat congolais

Le dimanche 14 août 2011
快晴。7時、18℃、40%、

サレジア会の農場『ジャカランダ』を訪問した。同じサレジア会の『青年村 Cité des jeunes』からさらに郊外にむかって10キロほどいったところにある。途中でアスファルト舗装が切れてしまうけれども悪い道ではない。
売店もある。野菜や果物のほかに、以前はチーズも作っていたそうだが、採算が合わないので止めたそうだ。パパイアとバナナのミックス・ジャムがあったので小瓶を買った。

キプシへの
帰り道、また車が故障した。今度は、1年前と同じ故障だ。前輪左のタイヤを止めているボルト3本のうち2本が失われていたのだ。ハンドルに伝わる振動がおかしいのでパンクかと思っておりてみたが異常がない。おかしいと思ってゆっくり走った。右折左折するとき、ハンドルが取られそうになる。Yvon君の出番だ。彼はエレクトロニクス制御のエンジンは分からなくても、こういう修理は任せられる。それに日曜でもいつでも対応してくれる。

バカロレアのことをコンゴでは国家試験(国試、エグゼタ Exétat)といっている。48万5470人の生徒が受験したというから50万人に上る。去年より11%多かったそうだ。試験は6月20日―23日に行われ、7月8日(金)午後に発表されている。ルブンバシの通りで、頭に白い粉(トウモロコシや小麦の粉)をかけられて喜んでいる青年たちを見かけることができた。エグゼタに合格した高校生たちだ。キンシャサの受験生の69%が合格。優秀な生徒の多くはカトリック系の私立高校生であることは例年のことである。これはルブンバシでも傾向は同じで、カトリックのサレジア会が運営するイマラ校はいつもトップ・レベルである。ちなみに『日本カタンガ協会』の会計を務めるアラン君はイマラ校の出身。兄弟たちみんなイマラ校出である。(画像は受験勉強をする高校生)。

若い高学歴の青年男女たちが年々増加する。アフリカのどの国も同じような状況である。しかし、そのレベルは問わないとして、というのはアルジェリアで学士のテストをして、日本の小学生以下が大部分だったからだが、「大学は出たけれど」就職先がない。経済成長を達成して雇用の創設をしていかなければならない。今年初めのチュニジアの民主革命(ジャスミン革命)の原因の一つは、職のない、職の見つからない高学歴青年たちの不満であった。日本の企業に来ていただいて、多くの若者を雇用する、それが本当の貢献である。政府のODAではない。

RDC : l'Exétat tient le ch
11/08/2011

Ils étaient 485 740 "finalistes" à se présenter, le 20 juin dernier, à l’Examen d’État – "Exétat" pour les initiés –, nom du baccalauréat en RDC. Avec 11 % de finalistes de plus qu’en 2010, cette session "s’est, dans l’ensemble, bien déroulée", assure Maker Mwangu Famba, le ministre de l’Enseignement primaire, secondaire et professionnel.
De fait, en dépit de l’immensité du de la RDC, des défaillances de l’État et de la persistance de la violence dans certaines régions, l’Exétat tient le choc. Avec quelques ratés cependant, notamment dans la province de l’Équateur, où les élèves de la ville de Bomongo ont trouvé, le premier jour des épreuves, portes closes dans les trois centres d’examen. Une enquête doit être ouverte.
Autre bonne nouvelle, la participation à l’examen n’a pas été subordonnée au paiement préalable de frais d’inscription. Une décision à laquelle n’est sûrement pas étrangère la manifestation d’élèves à Kisangani, en avril dernier, qui protestaient contre son montant et l’obligation d’acheter cinq manuels scolaires essentiels, pour un coût d’environ 28 dollars (19 euros), alors que le revenu mensuel moyen est d’environ 15 dollars.
À la mi-juillet, les résultats de Kinshasa affichaient un taux de réussite de 69 %, contre 65 % en 2010. Mais, comme depuis plusieurs années, les meilleurs lauréats sont issus, pour l’essentiel, des institutions religieuses, en particulier catholiques.

8月13日落雷と児童労働 foudroiement et enfants travailleurs

Le samedi 13 août 2011
快晴。7時、18℃、40%。寒い。

車の電気系統は結局直らなかった。Boschの電気技師に土曜の休み中にも拘らず、前のエンジンを預かってもらっているアガータ・ママの家まで来てもらって、動かないエンジン回転数のメータや温度計をみてもらったが結局なにも直せなかった。それなのに、出張料で20ドル払ってしまった。甘かったかな。

RDCコンゴの東北部、オリエンタル州イトリで7人の子供たちが落雷で命を落とし、4人が重傷をおった。オリエンタル州は熱帯密林の州である。カタンガ州とは気候ががらりと異なる。落雷被害は多く、珍しい
ことではない。しかし、このニュースで注目すべきは、子供たちが何をしていたかである。彼らは家庭のために金鉱山で盗掘していたのある。親に言われ、あるいは自主的に金鉱山にはいり、金を掘っていた。激しい雨をさけるために雨宿りした先に落雷。運が悪いではすまされない事件なのだ。露天で金鉱石を探すのが楽ならいい。しかし、場合によっては狭い子供たちしか入れない狭い坑道を掘って金鉱石を掘らなければならないかもしれない。この報道は国連系のオカピ放送からのベルギーの新聞による転載であるが、オカピ放送よりもRDCコンゴの現状をコメントしている。

Onze mineurs congolais foudroyés: 7 morts
Sept "creuseurs" (mineurs artisanaux) sont morts foudroyés et quatre autres ont été grièvement blessés mercredi dans le nord-est de la République démocratique du Congo (RDC), a rapporté vendredi la radio onusienne Okapi.

Les orpailleurs ont été touchés par la foudre après avoir trouvé refuge, pour se protéger de la pluie, dans une paillote dans la mine d'or de Linga, située près du village de Nizi, dans le district de l'Ituri. Les blessés ont été acheminés à l'hôpital de référence de Nizi, ajoute la même source. C'est la troisième fois que des personnes sont foudroyées depuis le début de cette année en Ituri, précise Radio Okapi, parrainée par l'ONU.

Le travail dans les mines artisanales de la région est particulièrement dangereux. Selon des ONG locales, des décès de creuseurs artisanaux, souvent clandestins, sont rapportés tous les mois, à la suite d'éboulements ou par noyade car les pluies violentes y sont fréquentes.

18 août 2011

8月12日 腐敗 corruption

Le vendredi 12 août 2011
快晴。7時、19℃、40%。

朝は通常に水が出ていたが、16時に帰宅したときには断水だった。18時20分、回復。ありがたい。まだ食事の用意をしている最中だった。

車のスタータは正常。つまりバッテリーが正常作動。昨日はBoschを出てから65キロ以上走っている。
エア・フィルタを新しいものにとりかえた。古いフィルタは洗って日光で干した。またいつか使えるのだという。

Snelで電気料金支払い。約1000円。一ヶ月で1000円の電気代は日本に比べて極めて安い。しかし、コンゴの人々の購買力を考えると決して安くはないのである。電力会社Snelのコストはどのくらいなのか。最近はインが・ダム発電所のトラブルでザンビアから電気を買っているそうだ。去年南アでのFIFAワールド・カップのときはRDCコンゴから南アに電気を供給したというのに。Snelのひとが乗せてくれというので、ルブンバシまで同行。僕はアラン君と今後の投資について打ち合わせ。


賄賂天国RDCコンゴの現状。木っ端役人から大臣、大統領本人やその家族にいたるまで、賄賂が潤滑油に等しく実行されている。しかも誰もそれを良いことだとは思っていない。賄賂が制度化し、必要悪視される。しかし、僕が思うに、場合によっては、賄賂でさえない。なぜなら、こちらに非が全くないことが多いからだ。非があって、それを揉み消したり、役人からフェーヴァーもらうのだったら賄賂だろう。しかし、そうではなく、ともかく「sucré(甘いもの)」をくれというのは、物乞いであって賄賂ではない。「たかり」である。この「たかり」と賄賂を混同している節が以下の記事にはある。
だからここでは、贈収賄が問題ではなく、「腐敗(corruption)」が問題なのである。大統領は「黙認せず、寛容せず(Tolérance Zéro)」を標語に腐敗の一掃をキャンペーンしているが、誰もそれが本気などと思っていない。
(画像は交通警官の「たかり」の場面)・

André Ipakala Abeiye Mobiko
ENQUÊTE SUR LA CORRUPTION EN RDC : L’ATTEINTE DES OBJECTIFS DU MILLÉNAIRE COMPROMISE
11/08/2011

Devenue une vertu, celui qui ne s’accommode pas de la corruption dans les actes de vie de tous les jours est jugé comme un retardé mental. Tel est le jugement de la société congolaise des faits de corruption, pourtant considérés comme un vice, un fléau à combattre. Tout le monde se plaint, mais presque tout ce même monde est alternativement corrompu ou corrupteur. De la petite à la grande corruption, des païens aux croyants, du petit peuple aux grandes personnalités politiques ou du monde des affaires.

Fait curieux, la corruption est allée même toquée à la porte des clergés. Comme elle opère en secret, personne n’avoue publiquement être corrupteur ou corrompu. Mais en observant la société congolaise, en commençant par les comportements des agents de l’Etat dans leurs prestations de routine, ceux-ci participent à chaque instant à des actes de corruption voilés. La modicité de la rémunération mensuelle payée par l’Etat aux fonctionnaires est aussi à la base de l’émergence de la corruption. Ainsi pour obtenir un service de l’administration publique, même si l’agent trouve l’astuce de nommer son acte autrement : complément aux frais de transport, cartes prépayées, coca ou bière, toutes ces libéralités sont des actes de corruption. Les demandeurs s’en plaignent, mais ils sont parfois les premiers à prendre l’initiative.
Le long de l’enquête, les gens abordés, reconnaissent que la pauvreté les soumettent très souvent à agir contrairement à leur conscience. Phénomène bizarre, les agents de l’Etat congolais mal payés, viennent régulièrement au bureau parce que disent-ils "au bureau, il y a souvent des opportunités d’argent». Aussi, soutiennent les étrangers, pour accélérer l’obtention d’un service, la motivation sous forme de cartes prépayées, l'argent pour payer le transport ou autre libéralité est un mal nécessaire. Les deux parties, celle qui donne et celle qui reçoit se consolent en ne qualifiant pas leurs actes de faits de corruption. Les actes de ce genre sont pourtant généralisés dans toutes les couches de la société.
Aux écoles primaires, secondaires, supérieures et universitaires, les élèves, étudiants et professeurs s’adonnent à la corruption à cœur joie. Les enfants de familles nanties, visiblement moins intelligents achètent des côtes pour passer des classes. Les professeurs par la précarité de la vie acceptent d’être corrompus par les étudiants. Plus grave, pour les étudiantes sans ressources, elles courtisent tout simplement les professeurs en offrant leurs corps. C’est ici, où l’on parle des points sexuellement transmissibles. Toutes ces anti-valeurs sont tolérées par la société congolaise. Beaucoup de gens interrogés minimisent tous ces faits de corruption pourtant aux conséquences néfastes pour la société. Toutes les catégories socioprofessionnelles sont concernées. L’éducation, la santé, l’aviation facilités aux aéroports, ports, les services d'immigration, police de circulation routière, et autres corps de la police, justice, passation des marchés, etc. Tous ces actes de corruption, pourtant mauvais pour la marche du pays sont appelés petite corruption. Par son développement, elle prépare les esprits à la grande corruption.

8月11日 議会議員選挙 élection nationale et provinciale

Le jeudi 11 août 2011
快晴。7時、20℃、47.5%。

9時に外出、17時に帰ったところ断水。木曜日だから断水確率が感覚的に90%を越す日だから驚かないし、断水に備えてはいる。しかし、不快は不快だ。

月曜日に買ったばかりのバッテリーが上がった。天下のBoschのバッテリーなのに。アンドレ(庭師)の助けで、別のバッテリーでエンジンをかけたが、充電しない。ルブンバシのボッシュまでエンストしないように運転。やっとの思いでルブンバシに辿りついた。Boschの電気技師がチェック。診断がスクリーンに出て、プリント・アウトもできるテスター(Bosch製)で発電機やバッテリーを検査していた。こんなのがあると、単純だが相手をちょっと信頼する。結局、発電機は正常
。バッテリーを充電しなおした。そして端子を繋ぐケーブルの酸で汚れた部分を丁寧に磨いて掃除。これで大丈夫だという。そうあって欲しい。

11月末の大統領選挙と同時に国会議員および州議会議員の選挙も行われる予定である。ところが、まだ選挙区の新規割り振りや議員定数が国会で審議されていなかった。そのため大統領選挙と同時には議員選出ができない可能性が出てきた。
国会議員数は今のところの下院審議では500名で変わらない。169選
挙区。カタンガ州は国会議員72名、州議会議員120名を選ぶ。
(画像はカタンガ州議会議事堂。独立前は国立劇場だった。これはなかなか意味深長である)。

RDC: l’annexe à la loi électorale maintient 500 sièges pour les députés nationaux

Le projet de loi portant annexe de la loi électorale a été voté, mardi 9 août, à l’Assemblée nationale. Le vice-premier ministre en charge de l’Intérieur et sécurité, adolphe Lumanu Mulenda, a présenté son condensé, avant son adoption.
Qu’en est-il exactement de ce projet de loi portant annexe de la loi électorale ?
Cette annexe présente la répartition des 500 sièges pour les futurs députés nationaux. Ils seront issus des 169 circonscriptions électorales réparties sur l’ensemble du territoire national, en tenant compte des enrôlés de la Commission électorale nationale indépendante (Ceni).
Dans l’ensemble, la province du Katanga aura 72 députés nationaux et 120 députés provinciaux. Elle est talonnée par l’Equateur avec 62 députés nationaux, mais comptera 6 députés provinciaux de plus que le Katanga, 126 députés provinciaux au total.
Le Bas-Congo aura 23 députés nationaux et 36 députés provinciaux.
Au bas de l’échelle, la province de Maniema va avoir 14 députés nationaux et 24 députés provinciaux.
Il faut retenir que Kinshasa, la capitale, aura 51 députés nationaux et 48 députés provinciaux.
En ce qui concerne les députés provinciaux pour l’ensemble de la RDC, nous aurons 774 sièges. 706 seront élus tandis que 68 seront cooptés. Les cooptés seront issus des chefs coutumiers.
Adopté à la chambre haute du parlement avec une grande majorite, ce projet loi annexe est renvoyé au sénat pour une seconde lecture.

8月10日 新たな大統領選立候補者 nouveau candidat à l'élection présidentielle

Le mercredi 10 août 2011
快晴。7時、19℃、40%。14時、24℃、30%。勿論室内である。
外はかなり暑くなってきた。

大統領選挙。最大野党から大統領に立候補しているチセケディが、当選後のポストの割り振りをしていると、まことしやかに囁かれている。首相がカメレ元下院議長、その議長職にはケンゴ等々。

19時40分、停電。21時20分回復。

新たな大統領候補者が出てきた。ガスパール・ココGaspard-Hubert Lonsi Kokoである。聞いたことがない名前だった。調べてみると83年から欧州にいる。1961年キンシャサ生まれ。フランス社会党党員。満更、泡沫候補ではなさそうだが、その政治行政能力は疑わしい。ミッテランシンパだけでは大統領職は勤まらないだろう。反政府統一候補を探るのだそうだが、それでは新大統領からどこかのポストをいただく狙いと変わりない。

RDC : Gaspard-Hubert Lonsi Koko à Kinshasa le 17 août prochain

Le porte-parole du Rassemblement pour le Développement et la Paix au Congo (RDPC), Gaspard-Hubert Lonsi Koko se rendra à Kinshasa le 17 août 2011. Candidat à l'élection présidentielle en République démocratique du Congo (RDC), Gaspard-Hubert Lonsi Koko doit y rencontrer les principaux partis d'opposition.

Après s'être fait enregistré sur les listes électorales l'année dernière, Gaspard-Hubert Lonsi Koko compte bien déposer sa candidature à la prochaine élection présidentielle en RDC fixée le 28 novembre 2011. C'est la raison de son retour à Kinshasa le 17 août prochain. Classé dans le camp des opposants au président sortant Joseph Kabila, Gaspard-Hubert Lonsi Koko est favorable à une candidature unique de l'opposition. Il compte donc rencontrer les différents leaders des partis d'opposition afin de trouver une plateforme d'accord avec le programme électoral du RDPC. En cas d'échec, Gaspard-Hubert Lonsi Koko semble bien décider à aller jusqu'au bout de sa démarche et donc à se présenter à la magistrature suprême. Mais pour l'heure, les différents retards dans le processus électoral ne permettent pas de déposer les candidatures.

Christophe Rigaud

8月9日 オーストラリア特使 envoyé spécial du Premier ministre australien

Le mardi 9 août 2011
快晴。7時、20℃、47.5%。

ナガサキの日。加害者の合衆国の国家代表が記念式典に出席する時代になった。

床屋「ラファエル」で短髪に。600円。

『ア
フリカンフォ Afriquinfo』誌電子版によれば、オーストラリア(首都キャンベラ)から同国首相特派としてフィッシャー卿が日曜日にキンシャサ入りした。同卿はフランス語圏担当らしい。オーストラリア系企業もRDCコンゴで鉱山開発をしている。しかし、オーストラリアの首相に特派された人物がきたからといって、下記のような大きな記事になるのか。ちょっと不可解である。(画像はオーストラリア特使フィシャWilliam Fischer氏)

L'envoyé spécial du PM australien se rend en visite en RDC
KINSHASA (Xinhua) -- L'envoyé spécial du Premier ministre australien pour la Francophonie, Sir William Fischer, effectue depuis dimanche une visite officielle de plusieurs jours en République démocratique du Congo.

Selon des sources proche de la Primature congolaise, M. William Fischer sera reçu lundi par le Premier ministre Adolphe Muzito et aura des entretiens avec des membres du gouvernement congolais.

"La visite de M. William Fischer vise à renforcer les relations bilatérales entre l Australie et la République démocratique du Congo dans divers domaines. Les deux pays ont récemment établi des relations diplomatiques. Depuis, les autorités congolaises et australiennes ont toujours cherché des voies et moyens pour redynamiser ses relations, élargir l' engagement diplomatique et explorer des domaines de coopération possibles.", a expliqué le deuxième secrétaire de l'Ambassade de l'Australie en République démocratique du Congo, madame Keara Shaw.

Monsieur William Fischer a été nommé envoyé spécial du Premier ministre australien pour la Francophonie en octobre 2010. Il a eu une longue carrière et brillante carrière diplomatique au ministère des Affaires étrangères australiennes à Canberra.

Selon l'éditorialiste du quotidien congolais (journal) l'Observateur paru ce lundi, la visite de l'envoyé spécial du Premier ministre australien pour la Francophonie à Kinshasa va, à coup sûr, augurer une nouvelle ère de coopération entre l' Australie et la République démocratique du Congo, deux pays qui ont un rôle important à jouer dans le processus de paix , de dialogue et du développement du monde.

8月8日 貧困削減 réduction de la pauvreté

Le lundi 8 août 2011
快晴。7時、20℃、45%。

バッテリーを新しく買うことにした。今日もバッテリーが上がっていたのだ。こう毎日のようでは堪らない。

チョンベローメ・ホテルの向いにPanacoという電気屋があり、欧州製のExideというブランドのバッテリーを売っているという。行ってみると端子の位置が僕の車のものと逆だ。そこでBoschに行った。問題なくぴたりのバッテリーがみつかったが高い。23
5ドル。しかし、選択の余地はない。問題山積みの愛車、少なくともバッテリーの問題を最終的に解決したい。

床屋に行こうと思ったら、行きつけのところ「ラファエル」は月曜で休みだった。

中国人の店で米を買いたかったが、生憎在庫切れ。通関中だそうだ。鉄観音というお茶を買った。調べてみると、日本では有名な烏龍茶だそうだ。1
00gで18ドル。緑茶が欲しいなと思うが置いていなかった。

シスター・アスンタさんのところに立ち寄った。久しぶりだった。このところ、シスタが休暇入りしていたので会えなかったのだ。車の愚痴を聞いてもらった。カタルシス。

鉱山大臣は運輸大臣を兼ねているようだ。鉱山大臣とエネルギー大臣がオカピ放送の記者に「貧困
削減(国連のミレニアム目標だった)」について騙った記事が以下であるが、何がいいたいのかよくわからない。鉱物資源に恵まれたRDCコンゴは、鉱山開発が貧困を克服する鍵であるが、鉱山開発にはインフラ整備
が先ず必要である。インフラ整備には先立つものがいる、ということだ。それらはもう分かりきったことで今更決意をかたるほどのこともない。いま現在、しかし、この国のネックは、大赤字の国立鉱山会社ジェカミンGecaminesと国鉄SNCCである。これらを株式会社化したのは去年の末のことだ。それから改革が全く進んでいないではないか。やがて金が入ってきて(世銀やIMF等から)、なんとかするという話はもう何度も聞き飽いた。もっと具体的プログラムが語られなければならない。
(画像は鉱山大臣カブエルルMartin Kabuelulu)

RDC: les ministères des Mines, Energie et Transports réfléchissent à la réduction de la pauvreté
août 8, 2011

Il faut de gros moyens pour combler le déficit enregistré dans les secteurs des Mines, Energie et Transports. C’est ce qui ressort de l’ouverture, lundi 8 août, d’un atelier de trois jours sur la synergie de ces trois secteurs pour la réalisation des cinq chantiers.
Cet atelier vise à faire l’état des lieux et améliorer la productivité en vue de «réduire la pauvreté dans un pays scandaleusement riche.»
Unanimement, les ministres congolais de ces trois secteurs déclarent qu’il ne peut pas y avoir d’exploitation minière sans énergie faible. Ils ajoutent que sans infrastructures de transport, l’exploitation minière est inconcevable pour l’évacuation des produits miniers.
Le ministre de l’Energie, Gilbert Tshiongo, affirme que le faible taux d’accès à l’électricité et à l’eau est dû au manque de financement pour construire de nouvelles infrastructures de production, de transport et de distribution de l’énergie.
Il appelle les bailleurs de fonds encore réticents à financer ce projet.
Il annonce la construction de la deuxième ligne de transport d’énergie Inga-Kinshasa à partir de la fin du mois d’août ou au début du mois de septembre, pour réduire les délestages à Kinshasa.
De son coté, le ministre des mines et de transport a.i, Martin Kabuelulu, a indiqué, dans le cadre du transport multimodal, que la Société nationale des chemins de fer du Congo (Sncc) va bénéficiera d’une allocation d’environ 280 millions de dollars pour sa relance et le renforcement de son patrimoine ferroviaire.

8月6、7日トヨタ、日産車の偽者出回る contrefaçon chinoise des Toyota et Nissan

Le samedi 6 août 2011
快晴。7時、20℃、50%。

ヒロシマの日。原爆投下66年目。

Le dimanche 7 août 2011
快晴。7時、20℃、45%。

8時40分、停電。10時半、回復。

昼過ぎ、サロンの掛け時計がとまっていた。電池は予備をもっている。しかし、こんなに頻繁に電池を取り替えたという記憶がいままで住んだところではない。パナソニックの電池をいれた。スペイン製。

キンシャサのATMという会社が日本車(日産とトヨタ)を中国から輸入し日本製として販売。中国が製造したのはコピーのようで、これは詐欺行為。輸入したATMの詐欺なのか、中国側の詐欺なのか。ATMのオーナーがベルギー人だというので、コンゴ人は大いに疑っている。

Kinshasa: ATC vend des Nissan et des Toyota sortis de la contrefaçon chinoise...
07/08/2011

Fiers, sénateurs et députés Congolais se pavanent avec leurs jeeps 4x4 Nissan narguant de Congolais ébahis, impayés, choisifiés, appauvris à volonté...Ambition électoraliste oblige, gouvernement congolais, aprés les sénateurs et députés, s'est porté même garant auprès de Auto Transport Company (ATC) pour pré-financer l'achat de 1731 véhicules pour les professeurs de la RDC. Le premier lot de 500 véhicules a déjà été remis aux professeurs enseignant dans les provinces du Bas-Congo, du Bandundu, de l'Equateur. Il s'avère d'après l'article de notre confrère Alunga Mbuwa publié dans lesoftonline.net le 5 août 2011 que nous vous proposons, il y aurait une escroquerie dans cette histoire d'ATC et ses véhicules au Congo.

Députés, Sénateurs et autres hauts fonctionnaires de RDC roulés dans la farine par un garage à Kinshasa propriétaire d'un Belge. ATC (Auto Transport Company) fait passer des Nissan et des Toyota sortis de la contrefaçon chinoise pour des véhicules fabriqués au Japon. Il les vend en masse. Vraie mésaventure qui conduit à des pannes et des déclassages en série.
(以下略)

8月5日 水力発電 hydroélectricité

Le vendredi 5 août 2011
快晴。7時、19℃、50%。

今朝も車のバッテリーが上がっていた。アンドレさんに助けられて、エンジンをかけた。彼が家からバッテリーをもってきてくれたのだ。昨日は充電後数キロしか走っていない。そこで、今日は明日予定していた買い物の一部を繰り上げた。ルブンバシまで往復2時間半。充分充電出来た筈であるが、果たして明日朝の結果を見よう。

RDCコンゴでは、95%の熱エネルギーが墨および植物性のエネルギーだそうだ。つまり電気の普及が遅れているということだが、水力発電の潜在的可能性は非常に高い。10万メガワットといわれている。
コンゴ河のインガ・ダムについては今年6月11日のブログをはじめ何回か言及している。しかし、大河コンゴだけではない。カタンガ州にも河川が多い。有効利用されていないのだ。地下資源開発、河川の発電利用等々、潜在能力がいつも語られる。しかし「潜在」で終わってしまっている。これでは将来がない。

電力の普及率は全国的に見ると7%に過ぎないが、電気が使える家庭では、炊事もスイス並みに電力である。ガスや石油を使う家庭はない。炭か電力になる。停電の時は当然炭。この停電が曲者であるのは、このブログの読者はよくご存知だろう。

要は「金がない」ということに尽きる。しかし、僕はそれは「言訳(いいわけ)」であると思う。海外投資を呼び込む努力が足りない。投資環境を整える努力が不足しているのである。しかし、別にいえば、今、RDCに進出している欧米大企業やインド、中国の企業は、劣悪な投資環境の中、それなりの利益を十分以上に稼ぎ出している現状がある。
日立製作所と三菱重工が一緒になりそうな世の中であるが、コンゴの発電プロジェクトに日本も是非参加して欲しいものだ。

RDC: 95% d’énergie utilisée provient du charbon de bois et de l’énergie végétale

Le charbon, le charbon de bois et les autres sources d’énergie d’origine végétale représentent plus de 95% de la consommation énergétique en République démocratique du Congo. L’industrie ne consomme que 1% de l’énergie produite en RDC. Ces chiffres contenus dans le rapport annuel du système d’information énergétique (SIE/2010) du ministère de l’Energie contrastent avec le potentiel énergétique de la RDC.

L’hydroélectricité est la meilleure énergie que la RDC peut exploiter. Le potentiel hydroélectrique du pays est de 100 000 Mégawatt, soit le tiers du potentiel africain, selon le rapport SIE/2010. Pourtant, seul 7% de la population congolaise a accès a l’électricité.
Le rapport SIE/2010 indique aussi que la production de l’électricité en RDC est passée de 1146 MW en 2000 à 1294 MW en 2008. Une augmentation peu significative, selon des experts.
L’électricité ne représente, en fait, que 2% de l’énergie consommée par les Congolais, malgré le potentiel hydroélectrique du pays. Sans électricité, difficile de développer l’industrie.
Potentiel hydroélectrique inexploité
La réhabilitation du secteur hydroélectrique demande des gros moyens. Selon le ministre congolais de l’Energie 6,5 milliards USD sont nécessaires pour stabiliser l’approvisionnement en électricité et éviter des coupures. Et les infrastructures existent pour cela. La RDC possède le barrage hydroélectrique d’Inga au Bas-Congo. Ce barrage dispose d’une capacité actuelle de 2360 MW installés, mais ne fournit que 1300 MW, notamment à cause de la vétusté de ses installations.
Réunis à Kinshasa, mercredi 3 août, les gouverneurs des banques nationales africaines réfléchissent sur plusieurs domaines de développement notamment les nouveaux modes de financement de la production hydroélectrique en Afrique.
En marge de ce sommet, des experts ont évoqué la piste de la production de l’énergie renouvelable. Un type d’énergie important pour la RDC.

Le samedi 6 août 2011

8月4日 森林回復 restauration des forêts du Bandundu

Le jeudi 4 août 2011
快晴。7時、19℃、50%。

9時半、断水。木曜日だ。19時15分、回復。

車のバッテリーが上がっている。これは僕のミス。バッテリーをチャージするためにアンドレさん(庭師)に行ってもらった。13時にはチャージされているだろう。が、後輪右がパンクしているのも発見。この修理もしなければならない。面倒だなぁ。

バッテリー充電、200円(3時間)。パンク修理、250円(2時間)。

旧友Uを失った。京都を出た秀才だった。大阪出身。受験校北野から京都に進学したのだった。アルジェ時代、よく彼の家に遊びに行った。モハメッド5世通りに港の見える彼のアパルトマンがあった。僕たちは話の波長がよく合った。そういえば、Uは料理が得意だったなぁ。その点も僕と似ていたよ。
OさんからUの訃報をメイルで受け取った。信じられなかった。近況を全く知らなかったから突然だと思うのだろうが、アルジェ時代は僕の第2の青春時代だ、それをUは支えてくれた。ありがとう。冥福を祈る。しかし、奥さん(Nちゃん)、愛嬢(Mちゃん)はどんなにか寂しいだろう。
Uとは名を秘することもないかもしれない、「上忠(うえちゅう)」こと上田忠彦兄である。丸紅アルジェの所長、同社フランス会社社長だった。肩書きは別として、また一献(いっこん)かたむけたかった。

大学同期の12%が他界している歳になったとは。長生きはしたくない。

ナダの企業がRDCコンゴ西部の森林保護契約を受注した。コンゴの森林というと赤道州やオリエンタル州がコンゴ河にそって思い浮かばれるが、今回はキンシャサの南のバントゥンドゥ州の森である。僕がいるカタンガ州とは違って降水量も格段に多く赤道に近い。そこの森の30万ヘクタールについてカナダ企業「ERA(エコシステム回復会社)」が、地球温暖化防止の観点から保護に乗り出す。アマゾンの森の木が農業開発のために年々伐採されている。いかに人口増加、農業開発と共存させていくかもERAの仕事だそうだ。ERAの活動に注目しよう。
資金はCO2を吐き出す先進国ということになっている。下記の記事では資金について明確な言及がない。契約の発注者はRDCの環境省だが、、、。
なにしろアフリカ全体の森林の半分はRDCコンゴにあるのだし、世界的に見てもアマゾンに続いて世界第2の森林を有する国がRDCなのである。

RDC: une société canadienne mandatée pour préserver des forêts à l'ouest
romandieNews

KINSHASA - La société canadienne Ecosystem restoration associates (ERA) a été mandatée par la République démocratique du Congo pour préserver de vastes concessions boisées dans la forêt de Mai-Ndombe, dans l'ouest du pays, selon un communiqué du ministère de l'Environnement.

ERA mettra en oeuvre un projet d'aménagement couvrant une superficie de près de 300.000 hectares dans la province du Bandundu (ouest), dans le cadre du processus de réduction des émissions dues à la déforestation et à la dégradation des forêts (REDD+).

Nous avons choisi Mai-Ndombe de façon stratégique pour démontrer ce que l'Afrique peut faire pour lutter contre le changement climatique, a déclaré à l'AFP John Kendall, représentant en Afrique d'ERA, spécialisée dans la restauration des écosystèmes.

On va travailler avec les communautés locales pour leur apprendre d'autres techniques d'agriculture durable, (comment) cultiver sur un même espace et ne plus être obligé de brûler la forêt, a-t-il ajouté.

Il s'agit pour nous de contenir la déforestation, de reboiser et de faire de ce pays un pays vert dans l'intérêt de la communauté internationale, a affirmé à l'AFP le ministre congolais de l'Environnement José Endundo soulignant qu'il s'agissait aussi d'asurer la crédibilité de la RDC comme un instrument puissant de la lutte contre le changement climatique.

La RDC compte 75% des forêts du bassin du Congo et 50% des forêts africaines. Elle est considérée comme la deuxième forêt du monde.

Le mécanisme REDD+ a été formellement adopté lors de la conférence de l'ONU sur le climat à Cancun (Mexique) fin 2010. Il encourage les pays abritant des forêts tropicales à les gérer de manière durable, moyennant des compensations financières.
(©AFP / 03 août 2011 14h10)

05 août 2011

8月3日 欧州連合が選挙監視団を派遣 l'UE va envoyer une mission d'observation aux élections de novembre

Le mercredi 3 août 2011
快晴。7時、19℃、50%。
冷たい風が強い。

シーツを洗濯。毎日天気がいいのだから、特に洗濯日和だからということではない。

欧州連合が選挙監視団をRDCコンゴに送ってくる。コンゴには中央選挙管理委員会(CENI)が既に設けられている。そのトップは現大統領に近い宗教家Pasteur Daniel Ngoy Mulunda師。欧州は10月には監視団を送る。団長にはブルガリア出身の欧州議会議員Mariya Nedelchevaさんが任命された。欧州は金も出すが口も出す。EUがDRCコンゴの要請でミッションを送ってくるのかというと微妙だ。国際的民主主義促進の意味がある。
選挙結果によっては今年初めのコート・ジボワールのように欧州の押す大統領と不正で勝利した大統領の二人大統領が争うという事態も考えられなくはないと僕は考える。
しかし、順当にいけば現大統領のジョゼフ・カビラが当選するだろう。なぜならば、野党はバラバラでまとまる気配がないからである。しかし、それも9月4日の立候補締め切りまでにポストの約束などをばらまいて、野党統一候補が実現しないともまた限らない。
何れにせよ、コート・ジボワール相似状況は避けたいものである。
(画像は今回EUから派遣される選挙監視委員会の委員長、Mariya Nedelchevaさん、1979年生まれである)。

RDC : l'UE va envoyer une mission d'observation aux élections de novembre
02/08/2011 à 18h:25 Par Jeune Afrique

Une mission d’observation électorale de l’Union Européenne (UE) va être déployée en République Démocratique du Congo (RDC) avant les scrutins présidentiel et législatifs prévus le 28 novembre, a annoncé le 2 août Catherine Ashton.
Alors qu’à Kinshasa, les grandes manœuvres politiques en vue de la présidentielle de novembre débutent, l’Union européenne annonce qu’elle soutiendra les élections générales de novembre en RDC par l’intermédiaire d’une mission d’observation électorale.
Mise en place six à huit semaines avant les élections, cette mission d’observation électorale sera dirigée par la députée européenne bulgare Mariya Nedelcheva, a précisé la chef de la diplomatie européenne Catherine Ashton dans un communiqué ce mardi 2 août.
Soutien financier
Une mesure qui vient renforcer l’appui financier de l’UE à la préparation des élections. « Cette décision s'inscrit dans la continuité du soutien politique de l'Union européenne envers ce processus démocratique et s'ajoute au soutien financier pour le cycle électoral qui s'élève à 47,5 millions d'euros », a déclaré la haute-représentante de l’UE pour les affaires étrangères et la politique de sécurité.
L'élection présidentielle, à tour unique, et les législatives doivent se tenir le 28 novembre. La date de clôture du dépôt des candidatures pour la succession de Joseph Kabila est fixée au quatre septembre. (Avec AFP)

8月2日 バイブル la Bible

Le mardi 2 août 2011
快晴。7時、19℃、52,5%

C君が農作業ではなく建築の職業訓練を受けることになった。セルジュ神父さんが適正をみて変えたということらしい。農作業も僕は大切な仕事だと思う。住宅や事務所等の建設は景気に左右される。農業はその影響が少ない。景気が悪くて人々が贅沢をしなくなっても基本の食事はする。キャビアは食べなくても、コンゴ人がブカリを食べなくなることはない・ブカリは彼らの主食。トウモロコシの粉から作る。
建設にもいろいろ職種がある。作業着(つなぎ)がいりそうだ。また安全靴も。それらを買いにルブンバシの街中まで出た。つなぎが700円、靴が1900円。
まじめに3年間トレーニングを受けてくれ。頼むぜ。

9月からトレーニングの授業が始まるが、昨日から夜間にベルギーから来たボランティアがフランス語の授業を始めた。また今日から午前中アラン神父さんが補習授業をしている。9月には外部からも生徒が来る。彼らと学力に差がないように補修授業をするのだ。ありがたいことだ。C君はフランス語がある程度以上できる。けれども学校は4年生で終えてしまっている。しかし、読み書きができることを確認したので、読書を勧めた。そこで。先ず聖書を買った。拾い読みすることだ。1ページ目から読んでいてはバイブルは厚いから気力が続かないだろう。旧約、新約を織り交ぜながら読む。聖書には、逸話や例え話が満載されている。試験のために覚えるのではなく、読むことを楽しめるようになればいい。そうしたら、カミュの『異邦人』など易しいフランス語の小説を読めるようになる。アリアンスやフランス文化センタの図書館を利用するようになれば大進歩だ。
(画像は僕が読んでいる聖書。同じものを買った。フランス語が現代語で読みやすい。地図や付属資料もあって便利である。解説もついている。これで700円。教会から補助金がでているのかもしれない。安すぎる。しかし、ありがたいことだ)。

Sさんのご母堂Aさんのお宅にC君を連れて行った。C君のいる「マゴネ」はサレジア会の施設である。Aさんはサレジア会の創始者ドン・ボスコが大好きだ。居間にドン・ボスコの写真もあるし、日曜日のミサもサレジア会の神父さんの教会にでかける。
AさんはC君の名前を知ると、亡くなった息子の一人と同じ名前であったことからか、イエスのこと、聖母のこと、ドン・ボスコのことを頻りとC君に話しかけていた。「マゴネ」で頑張るんだよ、正直に生きなきゃいけないよ、神様も、周りの人々も、みんなが君の事を見ているんだからね、、、等々。スワヒリ語であったのでそれ以上のことはわからなかったがC君は神妙に聞いていた。

これより前、グランド・ポスト(中央郵便局)近くの交差点で軽い事故を起こした。相手は普通乗用車。交差点手前で駐車していたところ、僕が右折するところに突っ込んできたのだ。僕は右折サインを出しているし、大回りで右折しようとしていたのに。車を疵付けられた僕の車に件の車のオーナーと称する男が、大変な剣幕で乗込んできていちゃもんをつける。さっきまで一緒にいたアラン君を急遽電話で呼び戻した。若い「黄シャツ」(交通警官)まで乗込んできた。僕は沈黙。もっぱらアラン君が交渉した。警察に行って調書を作るとすると数時間以上かかる。正義を主張しても無駄なことは分かっている。警官もわかりがいい。男は2万フラン(2000円)を要求しているようだ。細かい。相手は車に保険もかけていない、今年の車の税金も払っていない、それに車は他の男が運転して現場を離れてしまったことを知っているから、これはいいがかりにちがいないのだが、早く処理するために支払いに応じることにした。但し、これもアラン君がネゴして結局10ドル(9000フラン)でセットルした。「黄シャツ」には、お邪魔代として300円。外国人とみれば金をふんだくろうと、たとえ関係者でなくても介入してくる。この男が本当にオーナーかどうかも分からない。ベルギー人の神父さんが人身事故を起こして、現場を立ち去らずにいたために、周りのコンゴ人に殺害されたという事件も昔あったらしい。白人にたいするいわれのない偏見が黒人の側にあることもある。

8月1日 LRAが国外退去 la LRA n’opère plus en RDC

Le lundi 1er août 2011
快晴。7時、気温18℃、湿度60%。

今日はRDCコンゴでは先祖の日で祭日。墓参りの日である。サレジア会のしんぷさん

事実とすれば、まことに喜ばしいことである。以下のオカピ放送の記事によれば、オリエンタル州(RDCコンゴの北東部、ウガンダと国境を接している)で燻っていたウガンダ系反乱軍LRAが全て国外に出たというのである。
(本ブログ6月8日および6月14日の記事を参照願う)。

Province Orientale: les éléments de la LRA n’opèrent plus en RDC, selon le général Kifwa

Aucun élément de l’armée de résistance du Seigneur (LRA) n’est présent en République démocratique du Congo (RDC). Tous sont boutés hors du territoire national congolais, a affirmé samedi 30 juillet le commandant de la 9ème région militaire, Jean-Claude Kifwa.
Au cours d’un entretien avec la presse à Kisangani en province Orientale, Jean-Claude Kifwa a rassuré que la situation sécuritaire à Dungu est sous le contrôle de l’armée congolaise, en collaboration avec celle de l’Ouganda.
Répondant à la question sur la présence de l’armée ougandaise dans la plupart des territoires de cette zone opérationnelle notamment Dungu, Faradje, Niangara et Ango, Jean-Claude Kifwa a expliqué:
« On garde quelques éléments de renseignement dans un cadre d’échange dans la collaboration entre les deux pays. Ce ne sont plus des unités de grande taille. Ils ne peuvent pas rester désarmés dans une zone restée longtemps infectée par les éléments de la LRA.»
Jean-Claude Kifwa a ajouté que la LRA n’est plus un problème de défense en RDC.
«Chez nous, nous avons un problème d’ordre public. Mais aujourd’hui, l’armée est là. Si vous comparez hier et aujourd’hui, vous me donnerez raison que la situation est sous contrôle de l’armée à Dungu», a-t-il rassuré.

7月31日 ラ・ブリオシュ «La Brioche»

Le dimanche 31 juillet 2011
快晴。7時、20℃、55%。

パンを久しぶりで食べた。普段パスタか米のご飯しか食べない。外食しないから余計パンを食べないのだろう。ルブンバシで一番評判が高い「ラ・ブリオシュ La Brioche」で買ったバゲットだけれど大したことはないな。パリの学食のパン程度だ。日本は贅沢になって、パンもフランス以上に美味しくなっている。ただとてつもなく値段が高い。
「ラ・ブリオシュ」で懐かしくなって洋菓子(エクレールと苺のタルト)も買った。しかし、いまや、ゴルフ場の横にできたプラージュ・チョンベの喫茶店の菓子の方が上等でまともなケーキだ。そういえば、今年になってゴルフ地区に、洒落たサンドイッチの店ができた。カサブブ通りには新しい中華料理の店も開店した。また、キンバング通りには瀟洒なゲスト・ハウスも出来た。サレジア会は新しいガソリン・スタンドの横にレストランを開いた。アラン君も「パピルス」という文具店を街の中心、南ア航空やケニア航空が入っているビルにオープンした。
さらに、ルブンバシの道は今年の春から数ヶ月で殆ど全部舗装されてしまった。カサブブとモブツやモエロの交差点、ママ・イェモとモブツの交差点等に太陽電池の信号灯がついた。
選挙の年だからとは必ずしもいえない。2006年も選挙の年だった。ところがその年に新たな動きはなかった。
こうしてみると、ルブンバシには次々と新しいことがおきている。経済活動が活発になってきているのだ。
(画像はラ・ブリオシュの喫茶部。パン屋は隣接。ネットから)。

6月25日のブログでビルンガ国立公園再開に触れたが、なんとそこの公園監視員2人が巡視中に武装集団に待伏せされて殺された。これは昨日の報道なのだが、詳しいことはそれ以上わからない。Gorilla.cdのサイトではこの事件に触れられていない。今年1月末に襲撃された事件は掲載されている。

RD Congo: Deux gardes du parc national des Virunga en RDC tués dans une embuscade

Parc national des Virunga-RD Congo - Deux gardes de parc national des Virunga ont été tués et sept autres blessés vendredi dans une embuscade tendue par des hommes armés dans la localité de Kibumba, au Nord-Kivu, dans l’Est de la République démocratique du Congo, selon l’Administrateur directeur général de l’Institut congolais pour la conservation de la nature (ICCN), Cosma Wilungula.

7月30日 船舶衝突事故(赤道州) collision fluviale à l'Equateur

Le samedi 30 juillet 2011
快晴。7時、20℃、45%。

7時、断水。7時45分、回復。でも水圧が低い。

上り坂を40kmで越えることに成功。しかし、これ以上は無理だろう。ギアの回転数を下げてもパワーがない。

道州(キンシャサの北東の州、モブツの出身州)をコンゴ河が北上していくが、その支流で貨客船同士が衝突したようだ。詳しいことは不明だが、犠牲者は100名を越えるとみられている。AFP電では50名としているが、、、。
それにしても事故が多すぎる。
(画像は赤道州の国立公園サロンガ。広大なジャングル、原生林である。事故現場ではない)。

Plus de cent morts dans une collision fluviale en RD du Congo
publié le 29/07/2011

Une collision entre deux bateaux a fait plus de 100 morts mardi soir sur une rivière de la province d'Equateur, en République démocratique du Congo, a rapporté vendredi un rescapé.
Selon Alfred Lompaka, les bateaux transportaient quelque 200 passagers et seules 83 personnes ont été repêchées jusqu'ici.
L'un des bateaux était composé de trois grandes pirogues motorisées et reliées entre elles pour pouvoir accueillir davantage de passagers et de marchandises, a-t-il précisé.
Les autorités congolaises n'ont pas confirmé le nombre des victimes. Elles ont indiqué aux médias locaux qu'elles attendaient pour cela le résultat d'une enquête en cours.
Les catastrophes fluviales sont fréquentes en RDC. En mai, le président congolais Joseph Kabila a limogé son ministre des Transports après une série d'accidents ayant fait une centaine de morts.
Bienvenu-Marie Bakumanya, Tangi Salaün pour le service français
Par Reuters

7月28、29日 カタンガ州に乗込んだチセケディ Tshisekedi au Katanga

Le jeudi 28 juillet 2011
快晴。7時、20℃、45%。

今日も自分の車に乗って帰れなかった。やれ排気管を溶接しなければいけないとか、やれ電気工がまだきていないとか、理由はともあれ遅れているのだ。エンジンはかかるようだが、走行テストをしてみないことには何ともいえない。
かくして明日の14時が次の約束の時間となった。

Le vendredi 29 juillet 2011
快晴。7時、20℃、55%。
19時15分に帰宅したら断水だった。今朝の水の出は確かに悪かった。多分11時には完全に断水になっていたのだろう。21時、回復。

車はやっとエンジン交換が終わった(14時半)ものの、登り坂で時速20キロに落ちてしまうのには参った。エンジン回転数を示すメータは動かない。温度計も、サーモスタットをとってしまった所為というが動かない。コンゴ人が乗っている車のようになってしまった。

最大野党UDPSから大統領に立候補しているチセケディがルブンバシを皮切りに全国の選挙遊説をスタートさせた。今日、ルブンバシに来た。市街は支持者たちのデモであふれたけれども、果たして本当にどれほどの支持が集まるだろうか。ルブンバシは現大統領ジョゼフ・カビラの本拠地である。チセケディは79歳、カビラのちょうど倍だ。一人で歩けず、支えられてやっと演説するなど、身体的弱さを露呈したようだ。歴史上の人物で名前は全国民に知られているとはいうものの、大統領職という激務をこなせるとは思えない。チセケディも後継者がいないのだろう。後継者候補は党を出て新党を作っている。
下記はキンシャサの『ル・ポタンシエル』紙から。

Le Potentiel : Tshisekedi à la conquête du Katanga
Le président national de l’UDPS, Etienne Tshisekedi wa Mulumba, a décidé d’aller à la conquête du Congo profond après sa tournée euro-américaine et sud-africaine. Première étape, Lubumbashi, chef-lieu du Katanga considéré comme fief électoral incontesté dela Majoritéprésidentielle, annonce Le Potentiel.
C’est par la ville de Lubumbashi, chef-lieu du Katanga, que le président national de l’Union pour la démocratie et le progrès social (UDPS), Etienne Tshisekedi wa Mulumba, a choisi de fouler le sol congolais. Le lider maximo est attendu demain dans la capitale cuprifère.
Apparemment, le leader de l’opposition s’est presque imposé un défi en décidant d’aller à la conquête du fief électoral incontesté du leader dela Majoritéprésidentielle, Joseph Kabila Kabange, estime Le Potentiel.
Prélude à la grande campagne électorale pour la présidentielle du 28 novembre 2011, le déplacement d’Etienne Tshisekedi dans le Katanga est un test grandeur nature pour l’UDPS qui s’est toujours targué d’être un parti national, voire nationaliste.
(以下略)

7月27日 コンゴの空の事情 actualité du transport aérien congolais (RDC)

Le mercredi 27 juillet 2011
快晴。7時、20℃、50%。

Vodacomでネット契約更新。60ドル。25%のボーナス。

やはり予定より遅れた。今日終了するはずの車の修理は、明日に持ち越された。アクセルを非エレクトロニクスにしなければいけないということで、部品をケニア地区に買いにいった。
アクセルをPさんが見つけ出して買ったはいいが、それけではなく、ベルトやリレーなども買っていた。必要なものだろうが、前もって僕は聞いていない。不透明。
しかし、ともかく明日は非エレクトロニクス車として改造が終了しそうである。

「この飛行機、パイロットは乗っているの?」
『Slate Afrique』誌ネット版。キンシャサの新聞『灯台』の記事を引いてコメントしている。ここ10年間にRDCコンゴで起きた飛行機事故は148件、事故犠牲者は400人(死者)だそうである。これではとても空路がもっとも安全な交通手段であるなどとはいえない。
RDCコンゴはとてつもなく広い。州を跨ぐ道路が貧弱である。高速道路もない。普通の鉄道でさえ殆ど全く機能していない。コンゴ河を利用した水路はあるが、時間がかかりすぎる。勢い空の交通が重要な位置を占める。ところが、この実績である。年間平均15件とは。毎月事故がある、しかも1件以上の。こういう数字をつきつけられると、改めてその事故の多さに背筋が寒くなる。
他の行政もそうだけれど、航空行政がないに等しいのである。今回事故を起こしたB727は1965年製造。メンテがよければそれでもいいかもしれない。しかし、EUからRDCコンゴの航空会社はブラック・リストに乗っており、欧州の空港に乗り入れできない。それほど整備が悪いということである。アメリカのアリゾナから50万ドル以下の飛行機を購入しているという。さらに事故機は貨物輸送用だった機体をパッセンジャー用に改造したというのだから呆れる。しかも、旅客機としての検査を受けていないらしい。
事故が起きた空港の管制官はどうだろう。当日は訓練生が担当していた。悪天候でも無理に着陸指示、誘導をしたといわれている。
これでは事故は起こるべくして起きたとしかいいようがない。

RDC - Y a-t-il un pilote dans l'avion?

148 accidents d’avions et 400 morts entre 2001 et 2011: c'est le bilan des compagnies aériennes en République démocratique du Congo (RDC), où l’avion est loin d’être le moyen de transport le plus sûr.

Le site du quotidien indépendant de Kinshasa Le Phare estime la moyenne annuelle à 15 crashs aériens pour une quarantaine de victimes.

Le dernier accident date du 8 juillet dernier, avec le crash d'un Boeing 727 de la compagnie Hewa Bora qui avait manqué son atterrissage à l’aéroport de Kisangani. Bilan: 74 morts.

Si chacun semble avoir sa part de responsabilité dans cette série macabre (compagnies aériennes, aéroports, ainsi que tous les professionnels de l’aviation), Le Phare remet tout d’abord en cause la responsabilité du gouvernement congolais.

D'abord, parce qu'absolument les compagnies aériennes congolaises figurent sur la liste noire de l’Union européenne. Ensuite, parce que le contrôle technique du parc aérien et la vérification des licences professionelles ne sont pas systématiquement effectués:

«La majorité d’aéronefs battant pavillon congolais ont été achetés dans les casses du désert de l’Arizona aux Etats-Unis d’Amérique à des prix dérisoires ne dépassant pas la somme de 500.000 dollars [345.000 euros, ndlr].

En plus des anciens avions de marque Antonov de fabrication soviétique ayant servi lors de la première guerre de Tchétchénie [en 1994] [...] tous ces aéronefs totalisent à ce jour près de 50 ans d’existence et seule la RDC continue à les utiliser alors que des pays africains comme le Gabon, le Congo-Brazzaville et l’Angola les ont cloués au sol suite aux multiples crashes ayant causé de nombreuses victimes humaines.»

La licence d’exploitation de la compagnie Hewa Bora est suspendue depuis le 14 juillet. Et en ligne de mire de l'enquête apparaît le défaut d’assurance de la compagnie, qui opérait sans la moindre attestation dans le ciel congolais. Une responsabilité partagée, selon le Phare:

«Au lendemain de ce crash, un haut cadre de la [Société nationale d'assurance], qui pourtant bénéficie du monopole de la police d’assurances en RDC, est monté au créneau pour dénoncer le refus opposé publiquement par la compagnie aérienne privée HEWA BORA de souscrire à une police d’assurances.

[…] Il y a ensuite la responsabilité pénale de la Direction de l’Aviation Civile du fait qu’elle a délivré le certificat de navigabilité(ou CDN) sans pour autant exiger au préalable de HEWA BORA le dépôt de la Police d’Assurances souscrite au pays.»

En outre, l’avion qui s’est écrasé, fabriqué en 1965, était d'abord destiné au transport commercial, et a été par la suite adapté au transport de passagers —ce sans aucune autorisation officielle.

Mais la responsabilité de l’aéroport de Kisangani n’est pas non plus à négliger.
Le site IPS Africa reprend les propos de Stavros Papaionnou, PDG de Hewa Bora:

«Nous venons de découvrir qu’à Kisangani, il n’y avait aucun expert avec une qualification ou une licence valide […] C’est un stagiaire qui dirigeait l’appareil alors que celui-ci tentait de se poser dans une violente tornade.»

Pour Martin Kabwelulu, ministre par intérim du Transport et de la Communication, «l’avion était surchargé et l’équipe de la Régie des voies aériennes l’avait effectivement mal guidé à l’atterrissage.»

Joachin Jean-Paul Ndagano, commandant de vol à la compagnie nationale Lignes aériennes congolaise, dénonce les «défaillances des services de surveillance météorologique, de la communication entre la tour de contrôle et les pilotes en détresse, et l’insuffisance des installations aéroportuaires».

Un rapport préliminaire sur le crash révèle en outre que les pompiers ont mis des heures à arriver sur le lieu de l'accident pour secourir les victimes, et que les cassettes qui ont enregistré les échanges entre les pilotes et la tour de contrôle ont disparu

7月26日 マタディ市の家庭廃棄物 déchets ménagers de la ville de Matadi

Le mardi 26 juillet 2011
快晴。7時、18℃、47.5%。

オイルをもってSさんのお宅へ。片手に4Lづつ。Taxi-bus乗り場にむかった。タクシに乗ろうかと思ったが節約だ。メカのPさんは、遅くとも12時までに来てくれといっていた。その通り11時45分に到着したが、まだまだオイルが必要とは思えなかった。明日の昼にはエンジン交換作業を全て終えられるといっているが眉唾である。

キンシャサの西隣の州、バ・コンゴ州の州都マタディの清掃業者がゴミ箱を引揚げた。理由は、市当局が契約を実行してくれない、即ち支払いが実施されていないためだ。エコ・トランス社とマタディ市は今年初めゴミ収集について契約を結び、1月からゴミ収集がなされていた。月17万ドルの契約である。市は「そんな金はない」という。なら何故契約したのか。不思議でならない。マタディはRDCコンゴ最大の港である。キンシャサへの物資も全てここで陸揚げされる。外航船がコンゴ河をさかのぼってここまでくるのである。市の規模からいえば月17万ドル程度は払えるはずだ。ここでもガバナンスが問題とみえる。

Matadi: Eco Trans retire ses poubelles de la ville

L’entreprise Eco Trans a retiré toutes ses poubelles de la ville de Matadi depuis dix jours, a constaté un reporter de Radio Okapi, mardi 26 juillet. Motif: la mairie ne respecte pas le contrat. Celui-ci stipule qu’Eco Trans doit collecter et transformer les déchets ménagers de la ville moyennant un paiement mensuel de 170 000 USD.
Le maire a, pour sa part, affirmé, lundi 25 juillet, avoir rompu le contrat qui liait la mairie et Eco Trans. La ville n’est pas en mesure de payer les 170 000 USD, a-t-il expliqué.
Eco trans collecte les déchets dans la ville de Matadi depuis le mois de janvier 2011.
Son directeur, Jacques Edery, s’entretient avec Agathe Mpona au sujet de ce litige. Il parle aussi de son entreprise qui emploie deux cent cinquante personnes.

01 août 2011

7月25日 キンバングの名誉回復 la Haute Cour militaire réhabilite Simon Kimbangu

Le lundi 25 juillet 2011
快晴。7時、18℃、45%。

シリンダ・ヘッド・ガスケットを修正したが、それ以上の問題があった。オイルに水が混入する。ラジエタに圧力をかけて調べたら、ブロック(エンジン下部)に亀裂があることがわかった。僕のエンジンはエレクトロニクス制御。普通の、いや旧来のエンジンに取り替えた方がいいということになった。同じエレクトロニクス・エンジンはとてつもなく高い。シリンダ・ヘッド・アッセンブリーがザンビアで4400ドルする。
「オト・ルブンバシ」で同じ型だがノン・エレクトロニクスのエンジンがあった。Sさんが交渉してくれて2250ドルが2000ドルまで値引きしてくれた。中古。何万キロ走行したエンジンか不明。相当古そうだ。10万は走っているのだろう。
しかし、チョイスはない。街中のTMBやBiacのATMが故障中。結局ゴルフ地区のホテル「グラン・カラビア」のATMが使えた。
「オト・ルブンバシ」の倉庫からエンジンを出して動かした。保証は7日間。店からSさんの家までは2kmもないだろう。Pさんがミニ・バスを借りてきてエンジンを運んだ。12000フラン(1200円)。エンジン交換作業は明日朝から始めることになった。
エンジンを吊り上げるためのチェーンブロックを借りる代金、その輸送、ケーブル等細かい部品の代金、電気関係の修理工労賃等合計200ドルをPさんに払った。
エンジン交換費用(労賃)は700ドルといっていたが、Sさんのネゴで400ドルになった。

軍事最高裁でキンバングの名誉回復。シモン・キンバングSimon Kimbanguは、RDCコンゴが独立前の1921年、当時の裁判で死刑宣告を受け、その後ベルギー国王によって終身刑に減刑された宗教家である。1951年ルブンバシ刑務所にて獄中死。ルブンバシには「キンバング通り」がある。

僕にはキンバングが一体何者だったのか良くわからない。欧米の新興宗教の多くがキリスト教のバイブル(聖書)解釈から端を発する。キンバングも例外ではない。しかも彼は自ら預言者であると宣言、病気を治し、死者を蘇らせ、盲人や聾唖者が健常者になるなどの奇跡を起こしたといわれる。
かなり怪しい人物と僕は睨んでいる。しかし、キンバング派としてRDCコンゴでは勢力をもってきている。

一体、今、軍事法廷でキンバングの名誉回復をする狙いはなんだろうか。今年が大統領選挙の年だということを考えれば答えが見えてくるだろう。

RDC: la Haute Cour militaire réhabilite Simon Kimbangu
juillet 22, 2011

Le prophète Simon Kimbangu a été innocenté, vendredi 22 juillet, au terme d’un procès de révision. La Haute Cour militaire a rendu un verdict qui acquitte Simon Kimbangu. En 1921, le conseil de guerre colonial siégeant à Mbanza-Ngungu a condamné ses acolytes et lui à la prison à perpétuité pour atteinte à la sûreté de l’Etat. Arborant l’uniforme de l’église kimbanguiste, drapelets blancs et banderoles à la main en signe de victoire avant même la sentence et au rythme de la fanfare, près de cinq mille fidèles et non fidèles de l’église kimbanguiste ont envahi la Haute Cour jusqu’au rond-point Socimat, dans la commune de la Gombe à Kinshasa.

«Les gens qui ont commis ces actes sont morts. Mais la Belgique est responsable des actes du passé. Elle doit quand même demander pardon au peuple congolais», a déclaré une femme émue qui a assisté à l’audience sans être une fidèle de l’église kimbanguiste.
L’arrêt de la Cour annule le jugement entrepris par le conseil de guerre colonial le 3 octobre 1921.
Par conséquent, il annule les condamnations prononcées à l’époque et met à la charge du trésor public les frais d’instance.
Mort en 1951 après avoir subi cent vingt coups de fouet par jour pendant 30 ans de détention, Simon Kimbangu fut condamné à la peine de mort commuée ensuite à la peine à perpétuité pour atteinte à la sûreté de l’Etat et à l’ordre public.
La Haute Cour vient de corriger ces accusations qu’elle qualifie d’erreurs judiciaires.
L’église kimbanguiste est une église chrétienne africaine de type prophétique fondée en 1921 par Simon Kimbangu.
Elle constitue la troisième religion en RDC après la religion chrétienne et la communauté musulmane.

7月24日 精肉輸入禁止措置 interdit l'importation des produits bovins et aviaires sud-afircains

Le dimanche 24 juillet 2011
快晴。7時半、18℃、40%。

RDCコンゴが南アからの牛肉および鶏肉の輸入を規制したという。理由は牛の口蹄疫、鶏のヴィールス。RDCコンゴは牛、鶏に限らず、豚、羊、山羊についても輸入国になっている。かつてカタンガ州は牧畜盛んな州であった(80年代、90年代前半)。インフラ(道路、橋梁等)が内戦で破壊され地方の畜産業が成り立たなくなった。カタンガ州では、隣国ザンビアや南アだけでなく、遠くヨーロッパやインドからも冷凍された肉を輸入している。カタンガ州の牧畜が復興するのは何時の日か。
首都キンシャサでは、北の隣国コンゴ(ブラザヴィル)からの羊や山羊肉の輸入を禁止している。

La RDC interdit l'importation des produits bovins et aviaires sud-afircains

Selon un communiqué du ministère congolais du Commerce, publié mercredi, la mesure interdit également le transport de ces produits vers la RDC afin de protéger la population contre l' épidémie de la fièvre aphteuse et de la grippe aviaire qui sévit dans la province de Kwazulu natal et de Gauteng en Afrique du Sud.

Les autorités congolaises ont demandé à Bivac international de veiller à ce que les produits suspectés ne soient embarqués à destination de la RD Congo.

Elle a donné la même instruction aux organes tels que l'Office congolais de contrôle (OCC), le Programme national d'hygiène de frontière (PNHF), la Direction générale des douanes et accises ( DGDA), la direction générale de migration (DGM) et la police des frontières.

Le gouvernement congolais a chargé les secrétaires généraux au Commerce, à l'Agriculture, pêche et l'élevage, à la Santé publique, à l'Economie nationale et l'Environnement de veiller à l' application de cette mesure compte tenu du volume important des échanges commerciaux entre la RDC et l'Afrique du Sud.

Le gouvernement congolais interdit également, jusqu'à nouvel ordre, d'importer, de transporter, de détenir et de commercialiser les ovins, les caprins et leurs produits dérivés en provenance du Congo-Brazzaville ou d'effectuer tout autre opération visant à introduire en RDC les animaux ci-haut cités et leurs sous-produits.

7月23日フランス・テレコムがRDC進出か France Télécom étudie une offre sur un opérateur mobile de RDC

Le samedi 23 juillet 2011
快晴。7時、18℃、42.5%。

ランスの携帯電話会社大手フランス・テレコム(ブランドは「オレンジ(オランジュ)」)がRDCに乗込む可能性がでてきた。RDCで第4位の携帯電話会社、中国系のCCT社を買収するかもしれない。既にオファしたようだ。成功すれば面白い。中国系のCCTは接続も悪いし、音質も最低であるため契約が伸びていない。少なくともルブンバシでは契約しているひとを探す方が難しいほどである。キンシャサでは事情が違うらしい。しかし、CCTはマイナーである。だからCCTを買収したら、相当の投資をして、接続品質改善、エリア拡大、音質改善をしなければならない。オランジュならやるだろう。都合がいいのは、CCTはRDCコンゴ政府との合弁事業だから、各地で中央郵便局の半分を占領して事務所を持っている。中央郵便局はどこでも街の中心である。これはちょっと魅力的な要素といえる。
オランジュなら僕もきっと契約するだろう。

France Télécom étudie une offre sur un opérateur mobile de RDC

PARIS (Reuters) - France Télécom envisage de lancer une offre sur le quatrième opérateur de téléphonie mobile de la République démocratique du Congo, Congo-China Telecom (CCT).
Les termes d'un éventuel accord, encore en négociation, prévoiraient le rachat des 51% de CCT que détient le fabricant chinois d'équipements télécoms ZTE, ainsi que des 49% appartenant à l'Etat congolais.
"Nous sommes en pourparlers exclusifs avec ZTE sur l'acquisition de leurs 51% de CCT. (...) De plus, nous envisageons de participer à l'offre soumise par la République démocratique du Congo sur sa part", a déclaré une porte-parole de France Télécom.
L'opération pourrait coûter quelque 300 millions d'euros à France Télécom, en raison du passif élevé de CCT, qui devra être pris en compte dans la transaction, a indiqué une source ayant connaissance du dossier.
France Télécom cherche à se développer en Afrique et au Moyen-Orient. Le PDG Stéphane Richard veut notamment doubler le chiffre d'affaires venant des pays émergents pour atteindre 7 milliards d'euros d'ici 2015.
La RDC compte 65 millions d'habitants et est dotée d'un réseau sans-fil de deuxième génération. Le marché est considéré comme ouvert car aucun des opérateurs ne s'impose sur l'ensemble du pays, et 17% seulement des habitants sont équipés en téléphones mobiles.
Leila Abboud, Gregory Schwartz pour le service français

7月22日愛車は牽引されてルブンバシへ ma voiture remorquée jusqu'à Lubumbashi

Le vendredi 22 juillet 2011
快晴。7時、18℃、40%。

RDCコンゴの借金棒引きは世界の債権国に及んでいる。今度はスウェーデンが1億8000万ドルの帳消しに応じたそうだ。

10時15分、メカのPさんが来て、シリンダ・ヘッドからバルブを分離、番号をふって保管。それをもってルブンバシへ。タクシを呼んだが、それはtaxi-busステイションまで。僕は重いシリンダ・ヘッドを持っていくのだか、タクシでルブンバシまで飛ばしてもいいと思ったが、Pさんが必要ないというのでTaxi-busの利用になった。
ルブンバシのtaxi-bus停留所から、予定のサラマ職業訓練所までtaxi。酷い状態の車。スタータ・キーはなく、まるで泥棒するように電線を接続させて始動。がたがたである。それでも動く。
サラマに着くと、8月5日まで夏休みの張り紙。Pさんが他に行くより仕方がないといって、カサブブ通りの機械工作アトリエにむかった。Sさんも知っているアトリエらしいので一応安心。ヘッドの表面の研磨。その前に表面の凹凸を検査。検査料20ドル、研磨60ドル。料金はサラマと変わらないようだ。

アトリエにヘッドをおいて、僕の車を牽引してSさんの母上Aさんの家に置くことになった。先ず牽引車の手配。Pさんの兄が四駆をみつけてくれて、それをとりに行く。アラン君が加わった。車はルブンバシのカマロンド地区。これも酷い車だった。トヨタのサーフ。しかし、車検証がない、保険がない。ナンバー・プレートがない。オイルを3L入れ、ディーゼルを5L入れてキプシに出発。しかもスタンドではなく、通りでプラスチック缶を並べて売っているオイルとディーゼルだ。オートマチック。L、Dでは空回りする。セコンドのみで運転。それでも車は動く。スピードは70キロ以上出せないようだ。途中の検問は止まらずに突破。
キプシの家を16時に出発。牽引される僕の車にはガレージの人が乗って運転。牽引するロープは鋼だが、牽引車にとりつけるフックがない。布製のロープを追加して結んでいる。ルブンバシに着くまでに5回ロープが切れた。しかも、ルブンバシ近くのマチピシャ地区で、国道が通行停止。先で事故があったらしい。迂回せねばならずルブンバシに着いたときには18時になっていた。そこで、Aさんの家まで行くのでは遅くなるということで、Sさんのお宅に車を置かせてもらうことになった。Sさんが快諾してくれた。ありがたい。
(画像はネットで拾った牽引装置。こんなのがあれば理想的だが、ここでは望むべくもない)。

キプシへの帰りは普通のタクシになった。キプシから客を乗せてきたタクシが帰るため料金は2000フラン(200円)。他の3人と相乗りである。運転手はよくしゃべるおとこだった。スワヒリだったのでところどころにまじるフランス語しか僕には分からなかったが、政治の話である。今年11月に大統領選があるから、話が熱くなっていた。車はガタピシ、いろいろなアラーム・ランプが点きっ放し。それでも車は走る。帰りもルブンバシ入り口の国道での事故処理ができていなかったのあろう、大回りしてキプシにたどりついた。途中、タイヤに空気をいれたり、燃料を補給したり、わき道にそれていたので道を聞いたり。やはり2時間かかった。21時帰宅。